チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

日曜美術館「自分が感じたものが尊い~山本鼎と児童自由画運動~」

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日本の美術教育を変えた版画家・山本鼎

100年前、手本を写すことが評価された時代に、子どもの自由な感性を尊重する児童自由画運動を興す。

社会を動かした思いとは?

木版の彫り職人だった山本鼎。自分の感性を自由に表現したいと芸術家の道へ。

留学中、モスクワで目にした子どもたちのいきいきとした絵に衝撃を受ける。

当時日本の美術教育は、手本を「よく写す」ことが評価され、創造性は求められなかった。

そこで鼎は美術教育を変えるべく「児童自由画運動」を興す。

展覧会の企画、自ら美術教師になるなどして“大人たち”と対峙した。

自由な感性で描くことの大切さを訴え続けた鼎の半生を追う。

【出演】上田市立美術館 学芸員…小笠原正,【司会】小野正嗣,柴田祐規子,【声】平井啓二,坂口哲夫

 

日経おとなのOFF 2020年 絶対に見逃せない美術展(日経トレンディ2020年1月号増刊)
 

 

芸術新潮 2019年 12 月号 特別付録:芸新手帳2020

芸術新潮 2019年 12 月号 特別付録:芸新手帳2020

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/11/25
  • メディア: 雑誌
 

日曜美術館「自分が感じたものが尊い山本鼎と児童自由画運動~」

放送日

2020年1月19日

プロローグ

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絵を描くこと。

それは自分の心で掴んだ世界を目の前に思いっきり広げてみること。

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美術の授業。思い思いの表現を楽しむ子供たちがいます。

子ども達の感性を尊重する教育。

その礎を築いた人がいました。

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山本鼎

愛知県生まれの版画家・洋画家です。

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職人の分業によって作られていた版画。

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そこに一人で作り上げる創作版画の世界を切り開きます。

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自らの心でとらえた世界を表現する。

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その姿勢は子どもの感性を尊重する児童自由画運動へとつながっていきます。

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当時日本で行われていたのは手本を正確に写し取らせる臨画教育でした。

鼎は国の方針に真っ向から立ち向かい、子ども達の心を解き放とうとします。

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「子供らにあれほどなチャーミングな表現力があるのに、身の程を知らない大人どもが貧相。子供らの能力に固い蓋をしている。

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鳥のけんか三歳4ヶ月の男の子の絵です。いかにも喧嘩しているじゃありませんか。左の鳥の方が余計怒っているようですね」

自らの感性を表現することと向き合い続けた山本鼎

その人生を見つめます。

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スタジオ

今日は版画家であり教育者でもあった山本鼎を取り上げてこうと思います。
子供達のチャーミングな表現力を引き延ばしていったところに心惹かれます。
若いときから山本鼎は自分自身を表現したいという思いに強く惹かれていたようなのでそのあたりから見ていきます。

生い立ち

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1882年。山本鼎は愛知県岡崎市に生まれました。

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石を切り出し細工する石屋が多かった御影町。

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鼎の父親はこの職人街の漢方医でした。

しかし鼎が生まれてすぐ父は仕事を続けられなくなります。

医師の資格が変わり西洋医学も勉強せざるを得なくなったのです。

鼎は10歳にして木版工房に奉公に出ることになりました。

当時木版画は多くの職人が分業して作っていました。

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まず絵師が下絵を描きます。

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次に彫師が下絵を元に彫って行きます。

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最後に刷師が版木にインクを乗せて擦ります。

鼎はここで彫師として働いていました。

手先の器用だった鼎は早くから高い技術を身につけます。

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高校に出て間もない頃、練習用に彫った版画です。

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ビールのラベルのデザインを0.5ミリほどの細い線まで正確に再現しています。

しかし鼎は絵師が書いた下絵を彫り写すだけの日々に満足することができませんでした。

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鼎は職人として働く傍ら独学で絵の勉強していました。

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17歳。鉛筆で石膏のモデルを写し取ったデッサンです。

自分の力で一から何かを表現したい。

そんな思いが高まっていました。

奉公を終えた鼎。

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二十歳の時貯めたお金で東京美術学校に入学。

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本格的に油絵を学び始めます。

しかしその教育は思い描いていたものでもありませんでした。

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すでに確立された西洋絵画のテーマや手法を学ぶことばかり求められたからです。

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卒業後、主催する同人誌に恩師である洋画家黒田清輝を招いた鼎。

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教育方針への疑問をぶつけています。

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「私は研究心-修行心で画を描くことは甚だ間違ったことだと思いますが」

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「しかし学校時代はそういう気分の方がよかろう」

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「私はやはり感興から出発しなければいけないと思うのです」

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その思いが一つの作品を生み出します。版画「漁夫」。

たくましい海の男を自らが感じたままに描く。

そのこだわりは下絵から刷りまで全ての工程を自ら手がけるという常識破りの手法を生み出しました。

世に言う創作版画の誕生。

以後、鼎は芸術家として自らの道を模索していくことになります。

スタジオ

今日のゲストをご紹介しましょう上田市立美術館学芸員の小笠原正さんです。

小笠原さんは長年山本鼎の研究をされてきて現在上田市立美術館で開催中の山本鼎の展覧会も企画されている。
「彼は岡崎から5歳で上京します。その後十歳で小学校卒業して家計を助けるために木版工房に入って、その木版工房で10代のほとんどを捧げてしまうそういう時期を過ごしました。鼎は職人仲間たち、他の工場ですとか印刷局に勤めているような同じような関心を持っている仲間達と絵画団体を作って勉強し始める。自分のオリジナルが求められる場所ではなかった。10代の自己形成がなされていく時期に自分なりの表現を求めてきた。本人の気持ちとしても高まっていったと思います」

その漁夫。どこを評価されたんですか

「当時この作品はですね、刀画という風に呼ばれていたんです。刀で描いた絵画という風に呼ばれていたんですね。ちょうどこの絵を制作した時期は鼎が東京美術学校に在学中で。絵の勉強していた時期です。筆を彫刻刀に持ち替える。それからキャンバスを版木にする。つまりキャンバスに絵を筆で描くように彫刻刀で版木に絵を描いていくんだと。そのための技術は彼はすでに持ち合わせていたので、その発想を個々の作品で活かした。そういうふうに私には見えるんですね。これは千葉県の銚子でスケッチしたもんなんですけども、この漁師さん・鼎自身も現場の職人でしたけれども、現場の職業する人に対しての尊敬の念を持っていたんですね。それを特にこの彫り跡ですね、うねるような彫刻刀の跡がこの作品の子の主題になっているんですね」

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「美術館でもそうなんですが作品を展示するっていうこと多いんですけど、版木はご覧いただくってことはないと思うんですよね。

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足下の所。地面がうねるような彫刻刀の彫り跡で埋め尽くされています。大胆なタッチです。こういうものは実際の光景とは違うのです。おそらくこういう風に彫るということは原画の段階ではなかったはずです。この版木と対面して、その中で自分の中からわき起こってくる創作意欲に基づいて自由に直黒糖を走らせた。まさに彫刻刀で描いた刀画だというふうにいえるのでは」

持ってる人は中にはいたかもしれませんけどもそれを統合して意識して治療芸術に昇華させるというその自覚があったかなかったかなこれも大きいことではないかなと思います」

模索の日々

創作版画を生み出した新進気鋭の作家として、鼎は活動の幅を広げていきます。こちらは日本初のカラー漫画雑誌。鼎もここに作品を載せています。ある有名な女子教育家が子守の最中に居眠り。赤ちゃんの顔に毛虫がついたのに気付かなかった。そんな逸話をウィットにとんだ視点で描きました。同世代の詩人北原白秋からは処女作「邪宗門」の挿絵の依頼が。しかし幸せな日々は長くは続きませんでした。友人の妹に結婚を申し込むも、相手の親に画家に娘はやれないと拒絶されてしまったのです。鼎は逃げるようにパリへ留学しました。時に30歳。木版の仕事で生活費を稼ぎながら国立美術学校に通う暮らし。しかしパリは刺激に満ちていました。当時パリの画壇を席巻していたのはルノワールセザンヌなどの印象派の作家たち。伝統の枠組みにこだわらずが個人の感性を表現するその姿は鼎をすっかり虜にします。「絵を描くと言うことは自然の示すところをより善く知ろうとすることである自然はその人の見る世界である」自分はどんな風に世界を見て、どんな風に描くのか。大づかみなタッチ。明るい色使い。鼎は模索します。ブルターニュ地方の海辺の街。 

 

 

 


 

取材先など

 

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

書籍

 

退路なき夢もて 山本鼎 (信州人物風土記・近代を拓く 13)

退路なき夢もて 山本鼎 (信州人物風土記・近代を拓く 13)

  • 作者:宮坂 勝彦
  • 出版社/メーカー: 銀河書房
  • 発売日: 1988
  • メディア: 単行本
 
山本鼎評伝―夢多き先覚の画家

山本鼎評伝―夢多き先覚の画家

  • 作者:小崎 軍司
  • 出版社/メーカー: 信濃
  • 発売日: 1979/11/20
  • メディア: 単行本
 
山本鼎物語―児童自由画と農民美術 信州上田から夢を追った男
 
山本鼎生誕100年展 (図録)

山本鼎生誕100年展 (図録)

 

 

 

芸術新潮 2020年 01月号 東京のミュージアム100

芸術新潮 2020年 01月号 東京のミュージアム100

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/12/25
  • メディア: 雑誌
 

 

展覧会

 

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