山形県『銀山温泉』は趣の似た宿が連なり、奇跡的な景観美で人気の小さな温泉街。どこを切りとっても絵になる、美しい建築を輝かせるため随所に施された工夫とは?知る人ぞ知る存在だった湯治場が、いかにして人気が出たのか?建造物の謎に迫るべく貫地谷しほりさんが人気旅館へ。その建築と景観の美、さらに旅館に残された驚くべき職人技の秘密に迫ります。
新美の巨人たち 銀山温泉
放送:2020年1月18日
ガス灯に灯がともる頃。
雪化粧した木造の宿は暖かい光を放ち、街は幻想の世界へと表情を変えます。
「情緒があって」「建物がすごい」
インスタ映えスポットとしても世代を超えて大人気。
そこは知られざる美の宝庫でもありました。
大正ロマン漂う名建築。
細部に宿る職人の技。
美しい景観を生み出す緻密なしかけ。
なぜ銀山温泉は人々を魅了するのか。その秘密に迫ります。
大石田駅からさらに車で30分。奥羽山脈に抱かれた雪深い山の突き当たり。
まさに秘境の温泉地です。
建築が大好きな貫地谷しほりさん。
銀山温泉は初めてです。
ここが温泉街の入り口。
「雪もあって風情が増してますね。それいいですね。こんにちは。銀山温泉ってどこから。ここまでです。すごいほんときゅっとした場所なんですね」
そう。とても小さな温泉街。
入り口の白銀橋から突き当たりの白銀滝まで川沿い300メートルほどの中に旅館や商店が並びます。
今日は銀山温泉の町並み。その美の秘密をたっぷりと。
「町並み全体が統一感がありますよね」統一感の正体とは。ヒントは窓に。
銀山温泉を見渡すと似たような趣の宿が多いことに気づかされます。
一体なぜなのでしょうか。
建築史家の倉片先生に聞いてみました。
「一つの時代に建築されたので、割と同じような技術とは素材が使われているのが統一感のもと」
旅館の多くは大正末期から昭和初期に欠けて建てられ奇跡的にそのままの姿で残りました。
江戸時代から湯治場として親しまれてきた銀山温泉。
昭和の初め高温多量の源泉が新たに発掘され、それをきっかけに各旅館が一斉に建て替えを行います。
およそ100年前の建物等が醸し出す独特な味わい。
それが街に統一感を生み出しているのです。
共通する特徴が窓ガラス。
どの宿も銀山川を望むいわば、客室からのリバービューを意識して外観の大部分がガラスで構成されています。
さらにもう一つ。建物を彩る大きな特徴が。
小口が白く塗られているのは、垂木と言って屋根を支える構造材です。
それをあえてむき出しで仕上げる「垂木現し」を多くの宿で見ることができます。
小口を白く塗る垂木現しは寺院建築に見られる伝統的な方法。
旅館に取り入れることで豪華さを演出しているのです。
夜になると規則正しく並んだ白い小口が浮かび上がってきます。
街全体を照らす暖かな部屋の明かり。
この幻想的な夜景は独特な建築構造が生み出していたのです。
さらに建物にはこんな仕掛けも。
「鏝絵がたくさん。色とりどりの」
銀山温泉の人気旅館。
築90年の古山閣。
外壁に色とりどりの絵が飾られているのが分かりますか。
これらは鏝絵と言って、左官職人が作るレリーフです。
「宝船はおめでたい図柄」
七福神の宝物を満載した縁起のいい宝船。
盛り上がる波のうねりは職人の手仕事。
90年近く一度も修復せずに色や形を保っているそうです。
「鏝絵の上のところはさらにもう1階小さな家をたてている可のように細工が込んでいます」
鏝絵は銀山温泉の多くの宿に見ることができます。
描かれる場所は大抵雨戸を収める戸袋。
富士山などおめでたい図柄が好まれました。
旅館の名前が書かれた看板も実は鏝絵。
鏝を使って漆喰で描く。江戸時代に生まれた左官の技です。
地元大石田の工藤栄次さんは現在も鏝絵を手がける数少ない職人の一人。
「普通の水を使わないんです。膠を多少薄めたやつで」
変色を抑えるため顔料を膠で溶き、それを漆喰に混ぜ色付けします。
工藤さんがこの日作っていたのは蕎麦屋さんの案内板。
何度も鏝でなぞり、表面を滑らかに。熟練の技です。
こうして作られた看板は漆喰の壁同様、風雪に耐えるのだとか。
一際目を引く木戸佐左衛門の看板は創業者の名前です。
これも鏝絵の作品。
実はこの建物、他にも左官職人の技がいくつも潜んでいました。
「たとえばあの柱。洋風の素材っていう感じがするじゃないですか。上の欄干も和風のデザインだけじゃなく、和風の素材っていう感じがする。木出できている感じが。でも実はこれ全部左官が手で塗っている」
まるで木でできているように見えるこちらの欄干。
玄関を支える両脇の重厚な柱も
「大理石じゃない」
「明治になって西洋建築が入ってきたときに、日本に当時大理石なんかないので、左官が塗る技術を新しく開発して昭和初めに完成された」
柱の上にある洋風でおしゃれなデザインも左官の技。
さらに旅館の名前もその下の模様もすべて左官の仕事です。
「当時は電話もなかった。予約するんじゃなくて、ここにきてから宿を決める」
「今日どこに泊まるかわからない状態でくるってことですね」
「その時に材料とか職人の技に対する審美眼みたいなものがあって、鮮やかな鏝絵があったり、屋号がしゃれて書いてあったとか、洋風な作りだったりするとここ止まってみようかなって気になりますよね」
銀山温泉の美しき建築群。
それは泊まりに来る客を惹き付けようと、それぞれの旅館が伝統の技を頼み、外観に思い切り工夫を凝らし、競い合って生まれたものだったのです。
そんなこだわりは室内にも。
能登屋旅館の客室には、建具職人の伝統の技が光ります。
古山閣はちょっと独創的。階段の壁は一面群青色。手すりの木材とモダンなコントラストを生み出しています。
さらに客室へ入ると。
群青から一転、ここは弁柄色の客室。
お殿様のような気分を味わってもらえるように、旅館の建物にはそんなもてなしの心が細部にまで詰まっていたのです。
ここで気になる文字を発見。
多くの旅館に描かれている"内湯有"。
この言葉。銀山温泉の歴史を紐解く鍵なんです。
銀山温泉はその名の通り、銀山で栄えた地。
江戸時代一獲千金を夢見た男たちが全国からこぞってやってきました。
しかし銀山は早々と閉山。
その後湯治場として歩み始めます。
昭和初期にかけ、旅館が一斉に建て替えられると、共同浴場さえ亡かった温泉街に大きな変化が。
各旅館が建物の中に風呂を備えるようになったのです。
それが内湯あり。大きなアピールになりました。
それでもまだ銀山温泉は知る人ぞ知る湯治場。
雪深い時期は客足が途絶えていました。
時とともに多くの旅館は次々と近代的なビルに建て替わります。
しかし銀山温泉の旅館には建て替える資金がありません。
ならばこの古い建物を生かそうと発想を転換。
1986年、家並み保存条例を打ち出しやや並を保存します。
さらに大正ロマン漂うガス灯も設置。
しかしまだ何かが足りませんでした。
当時と今との景観を比べると、何かが劇的に変わったのですが。
分かりますか。
夜景だけを見に訪れる人も多い山形県の銀山温泉。
この美しい景観にはある仕掛け人の存在がありました。
1998年。ある人物が銀山温泉に招聘されました。
街の景観を研究する東京大学の堀繁教授。
数々の観光地を生まれ変わらせた景観デザインのスペシャリストです。
銀山温泉を美しく変えて見せたその手法とは。
「昔の写真を見ていただきます」「全然違う」「何が違うかというと、楽しそうな人の様子が見えていない。町並みは何も変わっていないのです」
1998年。街の入り口はこんな様子でした。
通りに大きな共同浴場があり、来る者を拒む印象を与えていると堀先生は指摘します。
「20年前にここに来て旅館の人たちを集めて、ここの共同浴場がよくないから移転しましょうって」
共同浴場を移転させ、景観に奥行きが生まれました。
堀先生はそこに足湯を作ります。その狙いは。
「足湯で楽しんでいる人を見たら、自分もなんか楽しくって、私もあそこに行ってみたいって思いませんか。これを代理自我といって、自分の代わりに誰かが楽しくしてくれると私も楽しくなる。人っ子一人しかいなかったら楽しいと思わない。楽しい様子が見えるようにここを作った」
さらにこの橋にも工夫が。
転落防止のための柵。
必要なものですが見晴らしを妨げてしまいます。
そこで40センチ低い遊歩道を作り、そこに柵を設置。
これによって視界が広がり多くの建物も見通すことができるようになりました。
それは開放感にあふれる足湯でも。
「下に入れるようにプロムナードを切ってあって」
川に面した柵を一段低いところに作り、足湯につかりながらの眺めを遮らない工夫です。
「人をもてなしているように見えないと、建物がいくら立派で古くても人間はいいと思わないですね」
さらに堀先生は当たり前のように路上に留めるられていた旅館の車を徹底的に排除。
尾花沢市と共に電線の地中化も実現させました。
余計なものを取り除き、元々ある建築の美しさを引き出す。
それが銀山温泉を蘇らせました。
森先生はさらにある行動に打って出ます。なんと住人人を連れてヨーロッパへ。いったいなぜ。
旅館松本のご主人が見せてくれたのは、
「これが研修の時の写真。ポルトガルに先生と一緒に行った時のやつがこちら」
堀先生に率いられ、温泉宿の主人たちはヨーロッパへ向かいました。
美しい街の景観は機密にデザインされて生まれていることを学んだそうです。
「意識改革ですね銀山の人たちの」
一番変わったのは
「街を楽しんだことがない人に楽しい街って作れないじゃないですか」
温泉宿を営む人たちの美への意識だったのです。
「いい場所っていうのは人の手が入ってる」
雪深い秘境の地でタイムカプセルのように保存された奇跡の建築群。
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