チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

新美の巨人たち 老舗旅館「柊家」

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美の巨人たち



 

 

シリーズ「春の京都で美に憩う」第1弾は、創業から200年余りの歴史を積み重ねてきた、江戸時代から続く老舗旅館『柊家』。

長きにわたり愛され続けてきた理由をひも解きます。
旅館『柊家』の創業は1818年。華族、皇族、文人墨客に愛され、館内の書画骨董や美術品は名品揃い。

日本を代表する最高峰の部屋は伝統的な数寄屋造り。

江戸時代に建てられた14号室にアートトラベラーの又吉直樹さんが一泊しました。

ここは“川端康成の京都の別宅”と言われたほど、川端が愛用した部屋。

田口八重さんという伝説の仲居さんが綴った川端との思い出…

又吉さんは一体何を思うのでしょうか?

さらに京都がはぐくんできた美の真髄が至る所に見られる新館も探訪。

『柊家』200年の歴史に刻まれた“京都の美の真髄”に迫ります。

 

日経おとなのOFF 2020年 絶対に見逃せない美術展(日経トレンディ2020年1月号増刊)
 

美の巨人たち 老舗旅館「柊家」

放送:2020年4月4日

 

ある文豪の定宿でした。

仲居さんの手記によれば

「あの大きな目でじっと見つめられると私はすくんでしまいました」

彼の部屋は14号室。

「昔から格はあっても物々しくはなかった」

午前11時。白足袋が動きます。

磨き上げられた廊下を滑るように手が動きます。

洗練された所作で。

熟練の技で。

その動きのひとつひとつが創業から200年余りの歴史を積み重ねてきたのです。

京都柊屋部屋。

本日は又吉直樹さんが名旅館柊家を探訪する旅です。

伝統と革新の見事な調和。

そこに京都の美の真髄が生きています。

 

御池通りに又吉さんがやってきました。

若い頃は京都の寺社巡りが趣味だったそうです。

「学生時代も毎週のように京都来て色々回ってましたね。旅館に泊まるってことは動じなかったですね。実家が電車で行けちゃうんで日帰りでいつも来てましたね。こちらですね」

ここに一泊していただきます。

名前だけは聞いたことがあるかもしれません。

日本を代表する最高峰の旅館ですから。

今日の作品柊屋。

創業は文政元年1820年ですからおよそ200年前のこと。

ひっそりと佇んでいる気配。

二階建ての数寄屋造りは高い塀に囲まれて、中はうかがい知れません。

家の周囲には駒寄の柵が巡らされています。

年季感じられる看板。

門口には祇園祭りで配られる厄除けのちまき

水が打たれた石畳の玄関。

間口が広いのは人力車が出入りしていた頃の名残です。

玄関を上がるとすぐ目の前に堂々たる変額。

「こちらは来者如帰。来る者帰るが如し。来られたお客様は

我が家に帰ったように寛いでいただきますようにというものおもてなしの心」

又吉さんは14号室へ。

広さ10畳の伝統的な数寄屋造りのお座敷です。

 

部屋に通されたら抹茶で一服。

柊家に身を任せてみましょう。

14号室は最も古い江戸時代にできた部屋。

天井は決して高くはありませんが落ち着きがあり開放感に満ちています。

なぜなら座椅子より高いものがないからです。

自然と視界は広がり目は縁側の外の庭へ。

「綺麗なお庭が落ち着きますね。花咲いてますね。街中にある宿でこういう庭がしっかりあるっていうのは嬉しいですよね。苔の感じもいいですね」

柊家の庭は定期的に京都を代表する庭師の方が手入れをしています。

「庭が出しゃばらないということが一番のポイントかと思います。これ見て。という風な庭というのは疲れてしまう。安らがないと言うか作為をするんですけれども、無作為の空気感。これを室内から感じられるそういうにはが存在するべきやと思いますね。違和感なかったって言われることが二重丸じゃないかと思います」

「余計なものが一切ないって感じ。時代を感じさせないというかね。今がいつなのか分からんようになるような。そういう雰囲気ありますよね。何も考えずにぼーっとしときたいですねこういうとこで」

又吉さんここは川端康成の京都の別宅と言われたほど愛用された部屋なんですよ。

川端康成とか、焦ったりするんすかね。締め切り。締切間に合うかなとかそんなこと考えてるのかな」

 

 

江戸時代後期の文政元年。

運送業を営んでいた初代が旅館を開いたのが柊家の始まりです。

名前の由来は左京区にある世界遺産下鴨神社の境内にあります。

比良木社。

邪気を払う常緑樹の柊が自生するこの神社を初代が深く信仰し、屋号を柊家としたそうです。

幕末には維新の志士たちが逗留し、明治に入ると華族や皇族。文人墨客に愛されたのです。

小説家の川端康成三島由紀夫。彫刻家の平櫛田中。海外からはチャールズチャップリンも訪れています。

このサインはアランドロンです。

200年に及ぶ歴史ゆえに館内の書画・骨董屋美術品は何も名品揃い。

こちらの掛け軸はさりげなく横山大観

高野槙の甘い香り漂う家族風呂には日本のステンドグラスの先駆者・小川三知の作品が贅沢に飾られています。

モチーフはいかにも京都らしい大原女。

そろそろ日も暮れ時。

柊屋の厨房が忙しくなる時間です。

腕を振るのは総料理長小林幸雄さん。

柊屋の料理を任されて20年あまり。

日本料理の名人。

確かな目で選び抜かれた旬の食材を生かし、丁寧な仕事が施された料理は女将と検討を重ねたふさわしい器に盛り付けられ、一品ずつお部屋がかりの女性によって運ばれます。

静かに。素早く。

「お待たせいたしました入れさせていただきます」

季節ごとに献立を変える正当な京懐石です。

「美味しいですね。器も綺麗やし、すごい贅沢ですね」

客のペースに合わせて料理が作られ運ばれるそのタイミングを計るのはお部屋係の仕事です。

気を使うのは料理の温度。

温かいものは温かく。

冷たいものは冷たいままに。

せかされず。しかし間をもてあそぶことなく最適の状態で運ばれてくるのです。

「あんまりまがいても行けませんし、早よても行けませんし」

 

田口八重さんは柊家で60年も働いた伝説の仲居さん。

その思い出を一冊の本に綴っています。

彼女を贔屓にしたのが川端康成でした。

「先生は夜の12時から朝の7自までが執筆時間です。この時間だけはよほど緊急の用事でもない限りお声をかけることはできません。お座敷の前の廊下を歩くのさえ憚られるくらいでした。朝まで湯気の立っている鉄瓶。ほんのりとした香りの漂う坪庭の風情。こうした日本の情緒風情を先生はとても気に入られたようでした」

「すべてに完璧に仕事をしたいっていう人でしたから、言われてするのはおもてなしじゃない。言われる前にしてこそは心だってことまごころだ。八重がよく言っていました」

古都の春の宵です。

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又吉さん川端康成の部屋で執筆中。お疲れ様です。

この旅館。朝もちょっとすごいんですよ。

湯豆腐。

 

 

京都・柊屋の朝。

暗いうちから200年続けられてきた道の掃除が始まります。

勝手口から出てきたのは若い板前さん。

並びの角のお豆腐屋さんに来ました。

平野とうふは明治39年の創業。

北大路魯山人白洲次郎にも愛された名店です。

「たまたま近くであったのと、先代から真面目に豆腐を作ってることがも信頼されて、ずっと今まで私で三代目になるんですけど」

できたての豆腐は柊家の名物の朝食に加わります。

美味しそう。

湯豆腐の桶は人間国宝中川清司の作。

咲く中に仕込んだ

炭火で豆腐を優しく暖めます。

ちょっと特別なものを見せていただきました。

柊家の掃除です。

その所作にご注目。

まずは三種類のハタキを使い分けてのホコリ取り。

続いて、濡れた紙を千切り部屋に撒いて掃き掃除。

畳の目に沿ってしっかりと。

「これは普通の紙ですか」

再生紙を使ってますね。掃除機で畳掃除すると思うんですけども

それだと傷んでしまうので」

水拭きの後、乾く前に乾拭きして仕上げ。

およそ40分で部屋がシャキッと生き返ります。

江戸時代から立て増ししてきた柊家の建物。

最も新しい部分を見せてもらいました。

本館から新館へと繋がるトンネルのような漆法の廊下を抜けると光に満ちた空間が現れます。

「あー気持ちいい空間ですね。庭がずっと見える。角に柱がないんですね」

人間を設計したのは建築家の道田淳さんです。

「これが例えば山の中やったら周りは山ばかりで気にならへんのですけど。この周りってマンションとか駐車場でなかなか景色やないので思い切って三方向京都もまあ

さんは山に囲まれてますし

ちょっと景色にでき

ひんかなと思って走らない子

監督と見たんです

新館の客室には

京都が育んできた工芸の美の真髄か

至る所に例えばこちらの床の間は。

「下がなんかあれですね。この素材だと水みたいに見えて。この宿が写ってるのが面白いですね。ここも細いですよね。光の当たり方で微妙に色が違って見える。ガラスじゃないですね」

何と黒漆に玉虫の羽が施されているのです。

別の部屋の天井は京都の表具師の技が光る和紙張。

床の間に浮かぶ柊模様も和紙の透かし

陽の光ヒノヒカリの移ろいによって

色の加減が変わって

いくそうですこの先も

100年先まで残っててほしい

なると思ったんで新しくて良くなりそうなもの

これから評価が出てきそうなもの

それたものを何かいっぱい

ここん中には着きたいなと

ブスが本当はもっとやりたいんですけど

あんまりやりすぎるとお客さん

お腹いっぱいに

なるかもしれないし

ここに来て良かったなと

また来たいなと思えるぐらいになるためには

ちょっと匹目の方がいいのかな

と思ったんですがあえてここをやめておこう

このぐらいにしとこうという気持ちは」

どうして柊家は200年もの間愛され続けてきたのか。

秘密は屋号に家という文字。

他の旅館とは違い、家ではなく家なのです。

「単なる屋号としての被害者ではなくて

宿ですので

我が家に帰ったにくつろいでいただきたいと

温かい思いも込めて

いつのまにかはいいいえを使うようになりました」

柊家に寄せて川端康成が書いた字の原稿が残されていました。

「私は旅は好きだし宿屋で書き物をする習わしだが、柊家ほど思い出の多い宿はない」

「よっぽど気に入ってますね」

川端康成がひいらぎやを愛した意外な理由とは。

 

 

 

川端康成は柊家に寄せてこう綴っています

湯呑みやめし茶碗などの瀬戸物にも乱れ

爆薬酢入れなどにも空い

ているのだが

その柊は目立たない

このを目立たないことと変わらないこととは

古い京都の柊家のいいところだ

昔から核はあっても物々しくはなかった

私が柊家に着いて安心するというのは

なじみの宿のせいばかりではない

柊やの歌風のせいである

川畑さんとか三島さん

とかが自分の家遊びに来るって考えたら

むちゃくちゃ怖いじゃないですか

いろんなこと気づき

ある人やから

徹夜で準備しても

間に合わへんぐらいの

そういうのが僕の偏見かもしれないですけど

そういう人たちが何て言うんですか

自分のもう一つの家みたいに使ったり

なじみの宿

として使うっていうのも

まぁ余程の事ですよね

いやこれとこに当たり前の顔して

泊まれるようになりたいですね

もうお越しください

今日もあいにくの雨でも

また京都のねそうそうですね

わかりましたはいございます

この建物の中にもう一つの京都があります

さりげなくひっそりと

けれどまず揺るがす磨きをかけてきた

やすらぎの形

京都柊屋万事控えめの極上美の巨人たち

立春の京都で見に行こう

 

 

 

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