チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

新美の巨人たち 伊藤博文も愛した豪華洋館『長楽館』

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シリーズ「春の京都で美に憩う」第4弾!大学で建築を学んだというアンガールズ田中卓志さんが京都に建つ洋館『長楽館』の謎に迫ります。
▼迎賓館として明治42年に建てられた『長楽館』。外観は重厚なルネサンス様式。

中は部屋ごとに様式が異なり3階は一気に京都らしい雰囲気に…

そこには“たばこ王”と呼ばれた施主・村井吉兵衛の思惑が!

建築家ガーディナーの大胆な挑戦とは?

さらに各所に施された匠の技をたっぷりお届けします。

 

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美の巨人たち 伊藤博文も愛した豪華洋館『長楽館』

放送:2020年5月2日

この男の名は村井吉兵衛。

たばこ王と呼ばれた明治屈指の財界人です。

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伊藤博文暗殺の知らせに村井が驚いたのも無理はありません。 

その人はつい先日まで落成したばかりの村井の洋館に滞在していたのですから。

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大規模な神社仏閣と華やかな祇園の街並みが人気の京都東山区

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そこに異彩を放つ洋館があります。

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ある部屋はまるでベルサイユ宮殿。

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しなやかなフォルムの優雅な階段。

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かと思えば中華風の装飾。

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こちらはお城の本丸のような書院造。

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和柄のステンドグラスも輝きます。

まるで建築の世界旅行。

それを最初に味わったのがこの人でした。

「この館に遊ばばその楽しみや蓋し長なり。それでは長楽館と名付けるのがよかろう」

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今日の舞台はかの伊藤博文公が名付けた建物です。

旅人はアンガールズ田中卓志さん。

大学では建築を学んでいたとか。

京都に建つ洋館の謎に迫っていただきましょう。

「すごいめちゃめちゃ素敵じゃないですか。なかなかだよね。若手芸人とか入りづらい。素晴らしい」

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京都市指定有形文化財 今日の作品。ジェームスマクドナルドガーディナー設計「長楽館」

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外観は重厚さをたたえるルネサンス様式。

三階建ての洋館です。

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中にはどんな世界が広がっているのでしょうか。

「マジで舞台のセットみたいな。この踊り場すごいよ」

足を踏み入ればそこは非日常の世界。

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一階のホールにせり出した踊り場が劇的な効果を生み出しています。

「こだわりが相当すごいと思うよ。これ作った人。気の遠くなるような作りですね」

こちらは応接間。

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フランスルイ15世の時代に流行ったロココ様式で柔らかく華やかな装飾が目を楽しませてくれます。

さらに一階にはこんな部屋も。

天井には左官職人の手仕事によるレリーフ

バカラのシャンデリアに照らされています。

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柔らかな応接間とは違い、曲線を多用したデザイン。

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ここはルイ16世の時代に流行したネオクラシック様式の食堂です。

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階段はイタリアで生まれたバロック様式

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この階段で二階へ向かうのですがその途中に一風変わった部屋がありました。

壁に中国伝統の雷文の模様。

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一方の床にはイスラム様式のタイルが。

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実はここ喫煙室

こんなオリエンタルな空間で一服するのが明治の上流階級で流行っていたんです。

それでは二階へ。

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長楽館はここからさらに面白くなっていきます。

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「すごい階段。ここに来て襖。京都っぽくなってきた。豪華すぎでしょ。折上格天井。めちゃくちゃ格式が高い」

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二条城を彷彿とさせる折上格天井。

書院造の豪華な日本間です。

「いろんな建築見たけどなかなかこの衝撃は体験したことがないですね」

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一つの建物に世界中の建築様式。

一体なぜこんな洋館が生まれたのでしょうか。

まずはこの館の主の物語から。

 

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京都の貧しいタバコ商の次男として生まれた村井吉兵衛。

九歳で養子に出され商売のイロハを覚えると若くしてその才能を発揮します。

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26歳の時日本で初めて両切り紙巻きタバコを発売し大ヒット。

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サンライス、ヒーローといった銘柄が全国の人気を博します。

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37歳の頃には全国に全従業員一万人を抱えるタバコ王となっていました。

転機となったのは1904年明治政府は日露戦争の戦費を獲得するべくタバコの販売を国営化したのです。

村井は工場や販売網など全てを手放すことに。

代わりに莫大な保証金が転がり込んできました。

それは今でいう700億とも一千億くとも言われる大金です。

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それを元手に村井は銀行起こすなど様々な事業に乗り出すのです。

その莫大な資金をつぎ込んで作った建物こそ長楽館に他なりません。

村井は何でこんな建物を作る必要があったのでしょうか。

各部屋にはそれぞれの目的がありました。

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3階には国内の招待客が泊まる畳敷きの客室を。

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カーテンレールが当時のまま残る二階の洋室は外国人の宿泊に使用されました。

アミューズメントもあります。

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一階のこちらの部屋。

ビリヤード場として使われていました。

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村井がこの建物に込めた狙いを建築史家の倉方先生に伺いました。

「社交の空間としてできている。だからいろんな社交ができるように各部屋が違うしつらえになってるし、当時偉い人の数ってすごい限られてるんで、上の何人かで政治とかいろんなの回してるんで、情報をいち早く得ることが銀行でもなんでも親しい関係を結ぶっていうことがおおきかった」

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実業家として第二の人生を歩み始めた村井吉兵衛。

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長楽館に招いたのは伊藤博文大隈重信

アメリカの石油王ロックフェラーも。

国内外のvipとここで交流を持ちました。

世界に向けて自らを売り込む。

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長楽館は村井が個人で作り上げた私設迎賓館と呼ぶべき建物だったのです。

「でものすごいお金かかってるんですけど下品な感じないっていう

とこがすごいなと思ったんですけど」

田中さんの言う通り。成り上がりの大富豪が建てたのに悪趣味にならず、品の良ささえ感じます。

なぜでしょうか。

設計した建築家がちょっと変わった経歴の持ち主だったみたいですよ。

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アメリカ内陸部ミズーリ州で生まれたジェームズ・マクドナルド・ガーディナー

幼い頃から建築家に憧れを抱き、18歳の時ハーバード大学へ進学します。

しかし志半ば経済的な理由で2年後に退学。

建築家の夢を諦め教職員としての働き口を探しました。

そこで転機が。

その時ガーディナー23歳。後の立教大学三代目校長として意気揚々と来日します。

しかし着任早々教室に入ってショックを受けました。

その建物が地震や台風で倒壊しかねない、半分和風の貧弱な校舎だったのです。

生徒たちのためにしっかりした施設を作らなければ。

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そこでガーディナーは何と独学で学校の校舎や教会を設計し始めたのです。

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するとそれが評判に。

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いつしか多くの教会や個人宅など様々な依頼が舞い込むようになりました。

そして46歳の時、日本に建築事務所を立ち上げます。

「元々建築に少なからず興味を持っていたが、その興味を封じ教育者として来日したのであるが、思いがけず建築の仕事をするようになった。アメリカにいたのでは成功できないような仕事をしたいと心に決めた」

 

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「外交官の家」はガーディナーの代表作の一つです。

アメリカンヴィクトリアン様式の美しい外観。

こちらのサンルームには建築家のちょっとした工夫が。

美しくデザインされた、風の通り道です。

ガーディナー建築の特徴はいわばこんな心配り。

教会建築をルーツに持ち、品の良い建物を作るアメリカ人。

村井吉兵衛もその腕を見込んで白羽の矢を立てたのです。

たばこ王の再出発となる施設迎賓館多額の予算を投じた一大プロジェクトです。

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各国のvip達を招いて恥ずかしくないよう、ガーディナーはあらゆる建築様式を猛勉強。

細部にまでとことんこだわりました。

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「ミリ単位の小さなレリーフみたいな調度品とかそういうところまで一貫してデザインが施されてるんで、豪華なんだけれども質がいいって言うに見えてくる」

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例えば村井家の家紋である「丸に三つ柏」。

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ガーディナーはこれを一つのデザインモチーフに館内の至る所に装飾としてあしらいました。

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よく見なければわからないほど細かいところに。

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超一流の職人たちを集め遺憾なくその技を発揮させたのです。

完成までに5年の歳月を要しました。

こだわったのは細部だけではありません。

この大胆な和洋折衷。

洋から和へとつながるこんな空間は当時のどんな建築にも見られないガーディナーのオリジナル。

赤い絨毯と手すりの木材が、和の世界に見事に溶け込んでいます。

さらに二階から三階へ上る途中には伝統的な茶室を設けたのですが、そこにも大胆な洋風アレンジを加えています。

話の空間に合わせた桜と紅葉のステンドグラスです。

さらに風変わりなのが。

「アーチのデザインってこれも日本の伝統の中にはないデザインなので、わざとこれアーチを強調するかのように。わの空間に全く普通はそぐわないものがここに持ってきてるって言うのをやっぱり言いたいんですよね」

ガーディナーは長楽館着工時47歳。

来日して24年。

吸収してきた和の様式と生まれ持った欧米のスタイルと思いっきり融合させ革新的な洋館を作り出して見せたのです。

この茶室にはまだ秘密があるんですよ。

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長楽館二階。茶室の奥に隠れていたのは細い階段です。

さて何が待っているのでしょう。

「急な階段。全然違うじゃないですか。結構部屋。豪華な部屋の前。どういうこと」

実はここ。使用人たちが使う裏導線なんです。

3階の反対側にも赤絨毯の奥に隠し階段が。

ゲスト達の邪魔をしない。

そんな心遣いが徹底されています。

 

「綺麗な社交が成り立つように裏にもう一つの世界があった」

なにしろここは世界中からvipを招く私設迎賓館。

ガーディナーは村井吉兵衛のもてなしの心を建築で表現してみせたのです。

しかし長楽館の栄華は長くは続きませんでした。

本来の使われ方をしたのはわずか18年ほど。

昭和に入る頃には人々から忘れ去られてしまうのです。

いったいなぜ。

 

長楽館の主人村井吉兵衛が62歳でこの世を去ると、折からの金融恐慌の煽りを受け

村井銀行も破綻してしまいます。

長楽館は人の手に渡り、点々と持ち主が変わっていきました。

現在はと言うと。

動態保存に勤めるオーナーのもと、喫茶を楽しめるスポットとして生まれ変わっています。

ガーディナーはその後も日本で建築の仕事を続けました。

今は自ら設計した日光の教会に妻と共に眠っています。

「裏も見てみればある意味で劇場的。どんどん変わっていく。場面転換というかね

二幕第三幕みたいな感じで。あの二人がどっちも面白い人だっただろうな」

それは一度は建築の道を諦めたアメリカ人と、一代で成り上がったタバコ商が生きた証です。

建築で表現された極上のおもてなし。

長楽館。夢の大劇場。

 

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