チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

新美の巨人たち ミケランジェロ&ドラクロワ&モネ

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いつの時代もどんな国でも、多くの人々の心を癒し励ましてきた芸術。

今こそアートのチカラで安らぎと勇気を!…という思いを込め、人々の心を動かしてきた芸術の数々を紹介していく新シリーズ「今こそアートのチカラを」。

第一弾は「西洋美術編」。

時代を代表する世界の傑作3作品に焦点を当て、作品の魅力の秘密を解き明かしながら、なぜこれほど人々の心に響くのかをひも解いていきます。

 

日経おとなのOFF 2020年 絶対に見逃せない美術展(日経トレンディ2020年1月号増刊)
 

美の巨人たち ミケランジェロドラクロワ&モネ

放送:2020年5月16日

辛い時やちょっと疲れた時に美しいものを見て励まされた体験はありませんか。

放送開始から20年。

これまで紹介してきた千を超える作品からよりすぐりの傑作をお届けするシリーズです。

今こそアートのチカラを。

今日は西洋の巨匠たちの心を勇気づけてくれる三つの物語。

まずはイタリアルネサンス

ミケランジェロのキリストを抱く聖母マリア

大理石から掘り出したとは思えない奇跡の彫刻が感動を呼ぶ秘密とは。

そして19世紀フランス。

信念の画家・ドラクロワが描いた圧倒的な人間ドラマ。

絵画の革命とも呼ばれたその理由とは。

最後は印象派の生みの親モネの作り上げた幻想空間。

睡蓮の超大作には人々に寄り添う深い祈りが込められていたのです。

 

 

今から500年ほど前。

イタリアローマにあるバチカンに一人の天才が数々の傑作を残しました。

その人の作品を見るならまずはシスティーナ礼拝堂を訪れてください。

見上げるとそこには天地創造の物語が。

ほぼ一人で広大な天井を見上げ続け、だった4年で作り上げました。

祭壇には最後の審判

圧巻のキリストの裁きの瞬間です。

そしてカトリックの総本山サンピエトロ大聖堂にももう一つ。

正面の入り口近くでほら得も言われぬオーラを放っています。

今日の作品。一つ目はミケランジェロ・ブオナローティ作「ピエタ

ピエタとはイタリア語で慈悲を意味します。

息絶え十字架から降ろされたイエスキリスト。

その亡骸を聖母マリアが抱きかかえています。

素材は冷たく硬い大理石のはずなのになぜか温もりや柔らかさを感じませんか。

国も宗教も思想も何もかも飛び越えて誰もが祈りを捧げたくなる静かな美しさ。

なぜこれほどまで心を動かされてしまうのでしょう。

驚くのはミケランジェロピエタに取り掛かったのがなんと23歳だったということ。

万能の天才ダヴィンチ。

神に愛された画家ラファエロ

彼らと共にルネサンスの三巨匠と呼ばれたミケランジェロ

どんな人だったのでしょう。

「本当に難しい性格の男だったよ。頑固で人付き合いが下手でね」

ダヴィンチさんお聞かせください。

「私は彼より23も年上だけど才能は認めざるを得んよ。ほらこれは彼の作ったレリーフなんだが、手前から奥にかけて少しずつ彫りの深さを変えて表現している。16歳で作ったんだから」

天才が天才を褒めるってなんか変

「ただ私やラファエルと違って、やけに執心していた。ほとんど弟子も取らず一人でやっていたそうだ。だから作品もとても少ないんだが一つ一つの完成度もほら普通じゃないんだ」

 

 

その名が世に知られ始めた頃、ミケランジェロバチカン枢機卿からお墓を飾る彫刻の依頼を受けます。

それが「ピエタ

枢機卿といえば教皇に次ぐ権力者。

彫刻家としての力を試す最大のチャンスです。

ミケランジェロは自ら石切り場に足を運びその彫刻にふさわしい最高の大理石を選び出し挑みます。

1年後ピエタが完成。

公開されるやローマ中で大評判になりました。

いったい何がそれほど人々を惹きつけたのでしょう。

その秘密をピエタの実物大のレプリカを基に説明してもらいました。

目黒の一つは細部の表現です。

彼以前そこまで深く掘ることはありえませんでした。

しかしこの技術こそが

写実的な迫力を生んでいるのです

衣類のひだも人間業とは思えない繊細な仕事です

キリストの足と衣の間にわずかな隙間があるでしょう

こういうディテールが作品

に劇的な凄みを与えているのです。

折り重なった衣の練り。

命を失った肉体の脱力感。

魂の痕跡は浮き出た血管にミケランジェロ以前

ここまで緻密に表現できる彫刻家はいませんでしたとの噂が

観る者の背筋を震わせ感動を生み出したのです。

さらに全体のバランスをよく見て欲しい他

の人のピエタと変わらないように見えますが

キリストを抱くマリアという構図は変わらない

ミケランジェロ

私が考案した三角構図をピエタに持ち込んだ

三角形の中に人物を収めて

画面に安定感をもたらすという手法だよ

ホラーマリアの体を大きくしたり

キリストの上半身を起こしたり

して三角形の中に全体を収めている

そのバランスが踏み込むような安心感を

与えてくれるんですね

彫刻で三角構造を取り入れたのは

これが初めてだ

ピエタは亡くなったキリストを抱えるマリアという

悲しいテーマなんだが

ミケランジェロはそこに安らぎや慈しみという

もっと深い感情を

表現したかったんだなあ

これは巧みな計算が生み出した人間賛歌

私たちの中にある

他者への愛情や共感の思いが

ふつふつと湧き上がってきます

ミケランジェロピエタ

それは大理石がかたどる万物への祈り

続いてはルネサンスからさんびゃく

年ほど時を経たじゅーきゅー世紀

フランスパリへ

バスティーユ広場は

フランス革命の引き金となった王国があった場所

牢獄解体後に建てられた記念碑に

大切な記憶が刻まれています

はっぴゃくさんじゅー

年栄光の三日間と呼ばれた7月

革命当時の国王シャルル十世の悪政に対して

市民が立ち上がったのです

民衆蜂起のドラマは

あまりに有名な一枚とともに

今に伝えられてきました

それは美の殿堂ルーブル美術館に勇ましい姿に

きっと息を呑むことでしょう

今日の作品二つ目は

ジェーヌドラクロワ作民衆を導く

自由の女神革命を目の当たりにした

その年に描きました

戦いで息絶えた兵士その体を踏み越え

中やけんを手に突き進む市民たち

彼らを引き鼓舞するのが

中央で三色旗を掲げる自由の女神です

全体から溢れ出る革命の熱気

たくましさと

力強さが見るものを奮い立たせてくれます

セーヌドラクロワ

フランス絵画に新風を巻き起こした

ロマン派の画家です

市民革命が勃発すると銃の

代わりに絵筆で戦いを

と勇ましたわけではありませんが

少なくとも祖国のために描こうと思うのです

それだけで祖国への愛が溢れています

でも不思議なのは女神の姿

民衆を扇動する役割なのに

なぜ胸を大胆にはだけてがいたのでしょうか

その理由は女性の豊かな胸は

母親をイメージします。

つまり女神は母なる大地。

祖国も意味しているんだったら革命によって訪れる新しい時代を導いてくれるのは母なる祖国なんだ。

だから祖国のために戦い自由を勝ち取ろうとドラクロワ語りかけているので

革命の翌年この絵が発表されるやパリ市民は大絶賛。

ところが一転美術界からは激しい非難の言葉が浴びせられるのです

 

 

1830年。フランス7月革命の熱気を描いた民衆を導く自由の女神近衛をめぐりフランス

画壇の一斉攻撃が始まります。

特にドラクロワと激しく対立したのが

アングルしている

伝統的なアカデミーのが形でした

黒子の大団は

私達新古典主義が主流だったからな

お手柔らかにハングルさん

私も意外とこのグランドオダリスク

もちろん知っているよな

はいドラクロワはなぜ非難され

たんでしょうそれは描きかたの問題だな

私の絵で説明しよう

同大写実的でなめらかなタッチだろう

デッサンの性格

色も同系色を並べるのがポイントだ

まさに言うな

それに比べて

ドラクロワ自由の女神のろく年前に描いた

キオス島の虐殺です

残虐な場面をあまりに劇的に描いた

せいで絵画の虐殺なんて非難されたんだよ

描きかたも私とは正反対

ロマン派なんて呼ばれたものだ

どうして主流に背いたんでしょうか

ドラクロワは正確なデッサンより

自分の感情や色彩

表現を大事にしていました

ドラクロワのパレットです

そこには色彩への強いこだわりが感じ

られる色とりどりの絵の具か

この絵でも

三色旗のトリコロールや

女神の鮮やかな黄色い服が

画面にした印象を与えています

女神の足にすがる男の服も

よく見れば旗と同じトリコロール

実はこの男女神の足元の男は

バカで身に打ちのめされている

ドラクロワ自身だと思います絵画

の革命を目指して

自分も女神に導いてもらいたいと考えたのでしょう

ドラクロワは真っ向から

アカデミーのアングルらと戦いました

どれほど叩かれようと決して怯むことなく

まぁ結局私は

ドラクロワをアカデミーに推薦することになる

ドラクロワの勝利ですか

あの絵はまさにフランス絵画の新しい

扉を開くきっかけになった

それを認めざるを得ない事実だからな

古いが卵をひっくり返すという

絵画革命のメッセージです

どんなに屈強に立たされても

信念を貫くことの大切さを教えてくれます

ドラクロワ民衆を導く自由の女神

続いては20世紀初頭

パリからななじゅーKMほどの

ジヴェルニーという小さな村へ

武装派の巨匠

クロードモネが作った素敵な庭を訪れましょう

色とりどりの花畑と

柳家藤棚に囲まれた水の庭光と

色が溢れています

睡蓮が浮かぶ池

揺らめきが降り注ぐ光に心を奪われたもね

人生の後半は

うつろいゆく時間と光の表現を追求して

いきましたパリオランジュリー美術館に

その晩年の集大成が展示されています

不思議な楕円形の二つの部屋に分かれて

今日三つ目は超対策

クロードモネ睡蓮の連作です

こちらには睡蓮が浮かぶ

池の水面を描いた作品が

よん枚展示されています

二つ目の部屋にもう半分実は

描かれたテーマが少し違っているんです

柳などの樹木を入れ込んで

意見を描いたものが

よん枚建てにM横は長いもので

じゅーななメートルもある

巨大な睡蓮の池囲まれると

まるでモネの庭を

自然の中で眺めているような

錯覚に陥るのですが

それはコースのマジックにかかった証拠。

例えばこの1枚。

手前に大きく柳を描き、池に映る空と雲をぼかすことで空間の広がりを生み出します。

こちらは手前の睡蓮を上から覗き見たように

描き北の睡蓮は遠くに浮かんでいるように

少し横からの姿で

手前から奥に視線を移動させれば

あたかも池の淵に立っているような感じを覚えます。

空間装飾書道展

現代のアーティストで言うんだったら

最終的なインスタレーションに使うための

パーツの一つのような形で

巨大な看板を描いていたとお考えいただくと

分かりやすいと思います

一枚一枚をしっかり見せるよりもインスタレーション

つまり睡蓮に囲ま

れた空間を体験してもらうことに

もねの狙いがあったんで

なぜそんな部屋を作ったのか。

それはある悲劇から人々を救うため。

 

生涯で300枚以上の睡蓮の絵を描きました。

毎日池のほとりに建ち

刻一刻と変化する庭を眺める

そんな穏やかな時を過ごしていた晩年

画家の心を痛める漢字が起きるのです

1914年ヨーロッパで勃発した第いち次

世界大戦四年余りに及ぶ通帳は

人々から多くのものを奪いました

骨は祈るような気持ちでキャンバスに向かい

あの睡蓮の連作を完成させたので

そして鎮魂の思いを胸に

フランス国歌に来そうもねの言葉です

穏やかで静かな水の風景によって

心が癒されこの部屋は花咲く水草

の真ん中で平和な

瞑想に浸ることができるのようなものになるでしょう

この空間で悲しみにくれる心を癒したいと願いました

骨が作った睡蓮の連作。

平和を願う人々が求めた安息の象徴。

辛い時やちょっと疲れたら

美しいものを見てはいかがでしょう

きっと世界の見え方が変わるはず今こそ感じてください

 

 

 

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