チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

新美の巨人たち 本多静六『日比谷公園』 

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/t/tanazashi/20200405/20200405152158.jpg



 

「今こそアートのチカラを」第8弾は『日比谷公園』。

約100年前に日本人の手で初めて造られた西洋式の近代的公園は、歩を進めるたびに風景が変化する不思議な姿をしています。実は公園の建設が決定したものの設計が決まらず、頭を悩ませていた辰野金吾の前に現れた森林学者・本多静六がなぜか設計を手掛けることに…。設計は素人の本多が任された理由、空間に込めた思いとは?

 

日経おとなのOFF 2020年 絶対に見逃せない美術展(日経トレンディ2020年1月号増刊)
 

美の巨人たち 本多静六日比谷公園

放送:2020年7月4日

 

静かな森です。

かすかに聞こえるのは鳥のさえずり。

ここはどこ東京のど真ん中日比谷公園

100年余り前、日本人の手で初めて作られた西洋式の近代的な公園です。

都会のオアシスとしてみんなに愛され親しまれてきました。

ライフスタイルが大きく変わろうとしているのです。

公園とは何か。

公園に求めるものは何か。

この日比谷公園で探しに出かけましょう。

真狩森の中のようなちょっと迷っちゃいそうになるぐらい

歩いてみれば食べてみる。ちょっと休憩くつろいだりもして。

本日は俳優の要潤さんと日比谷公園知られざるアートな旅。

設計者は本多静六

日本の公園の父と呼ばれた学者です。

何どうしてろくさんはこの公園を作ることになったの

それなら首かけさんに聞いてみようか。

ふりかけさん呼びました

このイチョウの巨木こそ日比谷公園誕生の秘密を知っているのです。

意外なアートがそこにお弁当

実はこれこそが日比谷公園そのものなのです。

東京都千代田区日比谷公園

市九つの紋がありますが

まずは正面の日比谷門からここが正門ですね

まあよくとってはいるんですけどね

じっくり中に入るってなあ

初めてかもしれないですね

全ての者は

開園以来閉じたことがありません

24時間いつでも入れるのです。

噴水が公園といえば噴水ですけど

直径さんじゅーMの大噴水が演出する爽快さ

清涼感今日の作品本多静六日比谷公園明治36年に作られた西洋式の近代的な公園で

敷地面積16ヘクタール。

東京ドーム3個分という広さの中にクラシック音楽の殿堂として使われていた日比谷公会堂があり、傍らには日比谷図書館

そして数々の伝説を生んだ日比谷野外音楽堂・通称野音公園は大地の芸術です。

日比谷公園にはその理想の姿が凝縮されているのです。

二つの池があります。

心という字に似てた心地池はなごみの風景。

そしてもう一つ。

鶴の噴水が浮かぶ雲形池は癒しのスポット。

大噴水の向こう側に目を引く場所があります。

ちょっと腐ってますねこんな感じだ。

野外でいいですよね小音楽堂です

建物は三代目ですが

日本初の野外音楽堂。客席の間に後期があるのもいいですよね。

当時は軍楽隊の洋楽演奏が人気となり黒山の人だかりとなったそうです。

今だったあのフェスとかありますけどそんな感覚だったのかな。

小学童の奥に広がる第一花壇はシンメトリックなデザインです。

今はバラをはじめとした花々が咲き誇っています。

この周辺は開園当時の姿のままなんか日本じゃないでも日比谷公園の本当の魅力は

この風景の中に

 

 

日比谷公園にはシンボルとも言える一本の木があります。

樹齢500年。

江戸の初めから生き続けているイチョウの巨木。

かつて日比谷交差点の付近に生えていました。

明治34年日比谷通りの拡張で伐採されることが決まっていました。

そこに通りかかった一人の男が日比谷公園の設計をしていた本多静六でした。

そして東京市に伐採の中止と、不可能と言われていた移植を願い出たのです。

今年の活着させてその一応は日比谷公園のちょうど中心に移植されました。

首かけイチョウと呼ばれてあーこれが首かけイチョウかでかすぎですね

これをよく移植しましたね

でも確かに公園に木があるのって

高圧シンボルみたいなもつと思うんで

この銀杏を一つの子の日比谷公園

シンボルにしようと思ったんでしょうね

呼びました静六さんのことは教えて

そうですか静六さんさんは命の恩人ですから

あれだけは話しておきたい

と思っておりました大変だったんです

応援なんて作ったことがなかったのですから

江戸時代大名の屋敷町だった日比谷は明治

に入ると陸軍の練兵場になりました

それが青山へ移転することになり

広大な土地がぽっかりと言われたのです

トキワ文明開化

西洋式の立派な公園を作ろうという機運が盛り上がる

東京市は公園建設を決定しました

ところが東京市の義歯や著名な造園からが

何枚もの設計図を

書きましたが決まらないのです

建築界の巨人も動きました

東京駅や日本銀行を作った近代建築の父

辰野金吾です彼の設計図は質実剛健

幾何学的なデザインですが

これも通らない

造園学者のしんじいそやさんは

その理由を脱毛するのは

もうフランスのパリのコンコルド広場みたい

なそういうプランですからこれはね

日本人にはちょっと受け入れらない

西洋式求めたんだけど

西洋式ズバリは抵抗があったんでしょうね

要するに東京市の幹部の皆さんの理想と

期待が高すぎたいいことですかね

東京市庁舎で立つのが困り果てている時

一人の男が立ち寄りまし

多摩川の水源調査をしていた本多

静六でしたそして

西洋の公演について立つのに

意見を述べたのです

こんなは森林や人形の専門家でした

東大農学部の前身東京農林学校を卒業し

ドイツ留学した際に

西洋の公演を見たことがある

という程度の知識しかありませんそれで

も経つのは

清六さんは僕らのことはよく知ってるけど

公園については素人だったんだよ

そうだったのか

その時の心情は本田が応援するだけだから

まだ日本には専門家がいないので

私は希望と決心を持ってやり始めたら苦心

惨憺の末に作り上げた

ホンダの設計図が採用

されることに

ところが書くのに扉を設けないのか

嫌韓に花や木を盗まれてしまったら

どうするつもりか猛烈な非難を浴びたのです

しかし女は公園の鍵が盗まれないくらいに

国民の功徳が進まれば日本は亡国である

柏原高等学科過ぎた日は切るように

私は公園にたくさん

のか木を植えた国民が

花を盗む気がしないようにするつもりである

ホンダは西洋の新しい楽しみや娯楽を

頭の中で提供しようと考えていました

それはバラやチューリップなど

西洋の花を植えて喜んでもらうこと

野外音楽堂を作り

洋楽に親しんでもらうこと

三つめの洋画洋食

です松本楼日比谷公園の開園と同時に挿入

老舗の洋食レストランあー気持ちいい

ちょうど背後に首かけイチョウがありますね

赤穂木でいい感じに遮られてて涼しいです

松本楼ふぉー代目社長小坂さんに

開園当時のお話を伺いました

松本楼日比谷公園とともに

開業致しまして愛し

でちょうどひゃくじゅーなな年ですね

声の外側に鹿鳴館があった時代では

そういう方々が馬車に乗って

松本楼に来てたと

わりと庶民の皆さんに

良い子の西洋料理を

お楽しみいただけるようになったのは

大正時代にモボモガと呼ばれる

ちょっとかっこいい皆さんがですね松本楼

でカレーを食べてコーヒーを飲む

というのが

当時の最先端だったようでございます

この家の中で味わうハイカラの養殖話題流行し

多くの文人や芸術家たちが集まる

文化サロンとしても愛され

創業以来のハイカビーフカレー要さん召し上がれ

もやしなんか都会の真ん中で食べてるよう

な感覚にはならなくて

すごい開放感がありますね

実は今まで紹介したのは

日比谷公園の表のかを

もう一つの顔が隠されているのです

この風景の中に今日行きますね

森の木立の中を散策する

そこに本田清六の

驚くべき思いが込められていたのです。

 

 

 

 

表の顔なら反対の祝田通り側にはもう一つの顔があります。

森のような木立日比谷公園には3200本もの樹木が生い茂っています。

首かけイチョウを始めスズカケノキクスノキなど、高さ20メートルを越える巨木が少なくありません。

耳をすませば野鳥のさえずり

その樹木の間を縫うように

複雑な曲線を描く園路が巡らされているのです

さっきの正門とはまた違って

印象が全然違いますね

ばかり森の中のような

ちょっと迷っちゃいそうになるぐらい入り組んでますね

日比谷公園内の塩の総延長はななKM余り

まるで深い森の中の迷宮のようです。

結構複雑に道が何本もある

こっちも行きますね

こみちがいっぱいあって楽しいですね

日比谷公園の森は人やですね

生き物たちも全てに優しいそして多様な環境空間なんです。

効果の緑と一緒になって生態系を成してます。

声を初めて訪ねた人はきっとね迷子になったような気がする

でしょうねちょっと休憩

鶴の噴水のある雲形池で葉っぱ裏側って感じしますね

あまり広い場所がなくてなんていうか

歩いて楽しむ場所っていう感じで

森の中にいるような感覚になりますね。

ここに来た時はみんな小さかったよね

みんなあかちゃんだったよね

ふりかけさんだけ大きかったお金が少なかったから

みんな僕の周りに集まっていたよぜろさんは

いろんなところから内容

持って来てたね

僕は私の管理下にある

農家大学の凝固の扶養内にを

タダ同然で払い下げてもらい植え付けたのである

楠ごときは飯塚市

庄内に出会った

一本一本を大切にされたんだね

百年先を見通していたんだね

僕たちが育つことを願っていたんだね

百年の杜

それこそが本多静六の願い日比谷公園は開園以来

数々の歴史の舞台にもなりました。

悲しい時も辛い時も喜びを共にした時もありました。

学生たちの戦いの場にもなりました。

どんな時代にもみんなが集まる場所。

それが日比谷公園造園学者のしんじさんはこの公園の魅力を日比谷

公園にはいろんな顔があると思うんですね

どんな人でもそれからいつ行っても楽しいんです

まるでね幕の内弁当的な面白さがあると思うんですね。

ということで松本楼に無理を言って料理長の徳川さんに日比谷公園幕の内弁当を作って頂くことに

初めてなんでちょっとうまくできるかどうか心配ですけども

果たして本多静六の設計図から

どんなお弁当ができるのでしょうか

繊細な削り出しの技が一筋一筋に魂を宿す

 

 

松本楼特製の日比谷公園幕の内弁当ができたようです。

完成しました。

設計図を模して作ったお弁当の中身は

原美玲豪華と言うか盛り沢山で洋食らしく今回仕上げていました。

もう全て難しかったりする再現するのが大噴水のある第二花壇。

輪ゴムれって

雲形池はハンバーグ大根で鶴をかたどっ

ています第一花壇は

マカロニサラダとアスパラでその上にサーモンの花が咲いています。

ちなみに松本楼と首かけイチョウは人参とブロッコリーよりちょお見事です

日比谷公園のお昼時オフィス街から行ってくる人たちがいます。

何をしているのかと言うと鉄棒クラブの人たち。

ちゃんとマスクもつけていますね。

楽しみ方は人それぞれ。

一人で行ってくる人も家族で楽しみたい人も一息つきたい

人の一つの公園の中にまこれだけいろんなテイストの場所があるって

言うのも珍しい公園だと思いますし

出来た当初から本多静六さんは

きっとこのひゃくななじゅー年

通した子の姿

ってのイメージされて作られたんだなぁ

と思いますし、僕たちも実はまだ途中を見てんのかなっていう気もしますしね

ここから明治神宮のお守りを作った百年の杜だね

日本中にたくさんの公園を作ったらしいよ

ひゃくもにひゃくも作ったよ倒せそうだね

僕らのお父さんがね

100年歳月をかけてみんなで育ててきた場所です。

誰でもいつでもにじゅーよじかん入場無料

都会のオアシス迷宮の森本多静六日比谷公園

これからの100年をどう付き合うのか私たちに委ねられています。

 

 

***************

 

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。