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「特別編 コロナの時代 岡本太郎の力」【アートシーン】

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特別編 コロナの時代 岡本太郎の力

 

今から50年前の1970年。
大阪で戦後日本の復興を象徴する展覧会が開かれました。
日本万国博覧会です。

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そのシンボルとして建てられたのが太陽の塔です。

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半世紀が経った今も同じ場所にそびえています。

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この塔を作り上げたのは岡本太郎
岡本は絵画から彫刻オブジェまで幅広く手掛けた日本を代表する芸術家です。
独創的で力強い作品に加えユニークな個性を呼びましたか
岡本太郎は私たちにどのような力をもたらしているのでしょうか。
神奈川県川崎市にある岡本太郎美術館はその魅力を余すことなく紹介しています。
1996年に亡くなった岡本は貯蔵していた作品のほとんど生まれ育った川崎市に寄贈
美術館には彼の作品がおよそ2000点収蔵されています。
しかし新型コロナウイルスの影響で緊急事態宣言が出された4月から5月美術館は閉館を余儀なくされました。
岡本作品が今の時代に果たす意味は何なのか。
学芸員の大杉博さんは深く考えたと言います。
「今回のコロナの件で言えば、まさにこの時に我々が知るべき作品であり、言葉がたくさんあるんじゃないか。それを今だからこそ、この美術館は伝えなきゃいけない
岡本太郎の美術館
何だからここで閉めちゃうなが
廃れるんじゃないか岡本太郎
から最後の最後まで開館して、多くの人にいろんなメッセージを残すべきじゃないかっていう話もしてたんですけども
変換しなきゃいけないっていうこのジレンマですよ
ただ誰もいないこの現実の空間見てると、なんとかこれを紹介できないんだろうかって
いうことはちょっと考えてたんですね。そこで美術館はインターネット上にバーチャルリアリティ空間を構築。岡本太郎の作品を広く世界に向けて公開することにしました。
何か心の支えと言うんですか、これを絶えず守ってくれるのは僕やっぱり芸術の力だと思うんです。コロナで閉館をしなきゃいけないっていうのもつらかったけども
VRを取り入れて
美術館の空間を皆さんに香典登場で見てもらうっていうことがなんか候補
新しいいいきっかけに巡り会えたかなとは
かつて岡本アトリエだった東京青山にある岡本太郎記念館
緊急事態宣言を受けた取り組みはここでも行われていました。
期間中には企画展で展示予定だった岡本作品をtwitterで発信。
岡本の芸術に対する思いも紹介されています。
芸術は人間の生命にとって欠くことのできない絶対的な必要物
ドコモトトロは
限定のは何か特別なもんじゃないと
我々の身近に存在してるもので
絶えず共存してる
そういったものが本当の現実だというのです
岡本は体臭が
身近に感じられるような作品を作り続けました
彼の思想はインターネット上からパブリックアートまで私たちの身の回りで息づいているのです。
岡本は漫画家の小説家の母のもと川崎に生まれ育ちました。
19歳の頃パリに移り住み、そこでセザンヌピカソに傾倒して前衛芸術の道を進んでいきます。
しかし第二次世界大戦が始まり、パリはナチスドイツに占領されます。
日本に戻った岡本も戦争の渦に飲み込まれていきます。
中国戦線へと駆り出され、四年間の軍隊生活を体験しました。
戦争末期アメリカ軍は広島と長崎に原爆を投下。
このことね後の作品に強い影響を及ぼすことになります。
岡本が感じ取った戦争の実情がモチーフとして色濃く表れている
明日の神話辛い時代を乗り越えた先に
輝く明るい未来までを描く壮大な絵巻物です
ですねミラーの下には
ビキニ環礁の水爆実験で被爆した船だって
その上には広島・長崎に落とされた原爆のキノコ雲が描かれてるんです
これはですね原水爆の悲劇なんですよ。
そして真ん中にあるのが
燃え盛る骸骨で
この女を左側に向けると
左側には本当に幸せに以降
人間が本性をついて語り合ってる絵が描かれているんです
そりゃ
あの家では
原水爆の悲劇を体の力が乗り越えて
社会というものを作ったんだよ
これを岡本太郎さんは
メッセージとして使いたかったんですよね
岡本はこの円を元に
オリンピックを控えたメキシコのホテルに巨大な壁画を作りました。
骸骨っていうの
死の象徴でもあると同時に生の象徴でもあるんですよ。
人間が塩星に帰るエネルギーというのは
交渉後から笑えの力なんですよ
それを象徴してるのは
あのおまえ盛る骸骨さんです
iqosカバーと爆発
メキシコで作られた巨大壁画は今東京渋谷の駅構内に展示されています。
横幅30メートル。
通勤や通学で駅を利用する多くの人が目にします。
僕はなぜ兵器を作りたいかっていうと
一般大衆に誰でも見られるもんだってね
モニュメントもそうだけど1日も貼らなくてもね
まるで自分の持ってるものが自分のものであるから

気楽に見られる彗星なんか
自分が見て行ってるんだっ
けな喜び見たのを感じながら一体化する
予算あるお金岡本太郎
あの悲劇を決して過去のものにしてはいけないと
あれがあったから乗り越えたから今の社会があるんだと
そういう意味で
今だからこそ皆さんに見てもらいたい作品だと思ってるんです
岡本が明日の神話と同席に手がけていたのだ
それが大阪万博太陽の塔でした。
日本古来のアニミズムにも

大きな影響を受けた岡本はさん年がかりで

この作品を作り上げました

太陽の塔はパビリオンの屋根を突き抜けるように設置されました

若本は塔の内部にも自身の想いを込めました地下部分の

展示室に展開させたのは過去の世界でした。

家を表現し

人間がいかに文明を築いてきたのかを表したのです

さらに地上部分には生命の進化の過程を展示しました。

岡本太郎の芸術の根底に流れてるテーマっていうのは人間の持つ生命力。生きる力なんですよね。生命の進化とともに未来の世界人間の生命力

何かを乗り越える力それを貫いて立っているのがあの太陽の塔の理由なんですよね。

岡本は芸術が持つ力をこう語っています。

しずに自然と戦いそして自然と時計して

資料を逆に活かすというステント人

相手になるところに本当に申請監督

全身を硬化させても生きてくと

それが文化であり芸術であり生き方だと

そんな岡本に対する思想は作品を通して人々に根付いていきました。

太陽の塔今意外な役割を担っています。

それはコロナの大阪において感染爆発の兆候と感染の収束状況を表す

信号としての役割です。

太郎さんね絶対に

自分の作品に何をするんだみたいなこと言わないとにがっと笑うんじゃないかと思うんですよ。

これはもう生命賛歌の塔だと思います。

人間だけじゃない全ての生命の持っている生命のエネルギー

これを讃えているのが僕はあの人だと思ってます。

困難な時代を切り抜けその苦悩未来へのステップに展示用と葛藤した岡本岡本

残した作品や力強い言葉は死後20年以上経った今も若者を中心とした

多くの人に影響を与えています。

現在の若い人達ってなんだかんだやっぱり自分がたい

そういう思いを強く持ってると思うんですそこ

へもってきて岡本太郎の言葉というのは

琴線に触れて気持ちを活性化してくれるんじゃないかと思うんです。

太郎さんの言葉で本当にあの僕は

いつも好きなら乗り越えるということなんですよね

暗い社会を明るくできるのは今現代に生きてる我々しかできないんですよね

乗り越えることで次の新しい社会っていうのが生まれるわけですよね

だから岡本太郎さんは乗り越えろという言葉をメッセージとして

伝えてくれてます。
現在川崎市岡本太郎美術館では太陽の塔が出来上がるまでを追った資料を展示しています。

 

 

会場:国立西洋美術館

会期:2020年6月18日~10月18日

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