工業デザインの傑作と呼ばれる『ヤクルト容器』。
手掛けたのは世界的デザイナー・剣持勇。
ガラス製で重く、配達するヤクルトレディの負担を解消するため新たな容器デザインの依頼を受けた剣持。
悪戦苦闘の果てに、どうやってこの形にたどり着いたのか?
今回は愛され続ける造形の誕生物語を。
さらに林家たい平さんが粘土で容器を再現!知られざる秘密を探ります。
新美の巨人たち 工業デザインの傑作!剣持勇『ヤクルト容器』
放送:2020年9月12日
今日の作品の工場です。一体何でしょう。
もしかして、これ。街中で売っています。
「こちらです。ヤクルト。そういえばこの形ってずっと変わらないですよね・秘密があるんでしょうか」
液体には形がありません。
形を与えるものが容器です。
飲むために液体を使いやすいように私たちは様々な容器を作り上げてきました。
最もふさわしい形を求めたとき、デザインの美が生まれます。
その中で傑作と歌われているのが誰もが知っている。一度は持ったことのあるこの形。
作者は剣持勇。
皆さんも一度は目にしたことがあるでしょう。
日本にデザインという言葉を根付かせた世界的なインダストリアルデザイナー。
果たしてこの形はいかにして生まれたのか。
どうしてこの形になったのか。
「相当悩んだ。おばさん達が買い取ってくれる」
理想の条件を求めてたどり着いたのは美しきフォルム。
「すごく軽くて楽でした。仕事もはかどるようになりました」
本日は林家たい平さんがヤクルト容器の知られざる世界を旅します。
そしてこの造形は法廷に立ったのです。
では開廷。
1日の販売量世界でおよそ4千万本。
ヤクルトは子供から大人まで誰もが飲んだことのある飲み物です。
この容器に使われているのが今日の作品。
落語家の林家たい平さんは武蔵野美術大学造形学部卒業という経歴です。
「夏休みの自由研究でたくさん容器を集めて、そこからまた新たなものを作っていくっていうか。容器の形自体がこれで作りたいとかっていうような思いがすごくこうこっち側に来るんですよね」
こちらにある代田記念館はヤクルトの歴史を知ることが出来る施設です。
昭和思い出す懐かしいものたちの中にありました。
今日の作品ヤクルト容器。
高さ7.5センチ。飲み口の直径は2.4センチ。底の直径3.8センチ。
容量は65ミリリットル。重さはわずか73グラム。
材質は軽く成型がしやすいポリスチレンというプラスチック樹脂です。
「いつもこれ飲んで学校行きなさい。この形が一日元気でいられるって言う安心の形でもあったんですよね」
安心を与える形にはデザインとしての美が隠されていたのです
上部は水平にカットされた台形型。
ほんの1ミリほどせり出した部分が下唇に触れる飲み口です。
斜面を下っていくとこの容器の最大の特徴である内側に曲線を描くくびれがデザインされています。
これがある利点を見出すのですがそれは後ほど。
お腹のくびれ部分を過ぎると直線は下へと向かい、面取された丸みを帯びたラインが低減に入り込んでいく。
この形があるからこそのヤクルトというわけでたて平さん。
武蔵美造形学部卒の腕の見せ所と粘土で容器を再現してみるそうですよ。
ヤクルトは理学博士の代田稔が生きて腸に届けるために強化
今日可愛いをした乳酸菌・シロタ株をもとに作られた飲料です。
1935年の創業から戦後の1960年代まで、容器にはガラス瓶が使われていました。
1960年代にヤクルトの販売本数もして参りまして
またのヤクルトレディーですね
夫人販売店の数も非常に増えていった
ガラス瓶の場合です
というのに対しての課題っていうのは
ひとつあと空き状況ですね
ヤクルトレディーが
解消しなきゃいけないって
いうこともございましたね
そういったことをですね
解消するためにプラスチックのですね
わんway容器の開発
ということをやっていた
というような状況でございました
そして一人の男に
白羽の矢が立てられたので
代表作を作っている工房です
材料は何と呼ばれるヤシ科の植物として
柔らかくしたら
痰を杭頭曲げ火で炙りカードをつけ
骨組みを作り上げていきます
そこに細いラタンを編み込んでいく
自然の中から生まれてきたような
丸く柔らかな造形剣持
勇が1960年に発表した丸椅子
ラタンチェアです
優美な曲線が生み出す
掌につつまれるような安心感
1964年に
永久コレクションとして収蔵された傑作です
ゲーム家にヤクルト
容器のデザインの依頼が来たのは
1967年春のこと
同時事務所のチーフデザイナーだった
松本哲夫さんは剣持と
共にヤクルト容器のデザインを手がけた人です
牛乳瓶ってなりますでしょあれ
なかなかいいんですけども
誰がデザインしたかわかんない
っていうものを作りたいんだ
作者は知らずとも
誰もが知る形を目指したのです
ところが暑いでしょ
全体にやっぱりボリュームがあったと
プラスチックに
するための細長い問題
ガラス瓶は厚みがあるので
見た目のボリュームが稼げます
しかし薄いポリスチレンの容器で
同じ内容量のものを作ると
何の特徴も無い
ほっそりとした
貧相なデザインになってしまうのです
どうしたらいいのか
高崎黒できないかって話だったし
ちょっとあんた
いやそれは充填機がそのまま使いたいから
駄目だってしかも
中に入ってる容量が決められた
ヒントになったのは
工場のラインに容器を乗せて
運ぶ際の転倒防止用のガイドレールでした
株安その他の所にコピー作ったんで
電話してそのガイドレールに合わせて
形を模索したの
で生まれた造形が
円筒形の胴体のくびれでした
くびれをへこませ
その分別の場所を膨らませることで
ボリュームのある造形を作ることができたのです
さて太平さんどこまでできましたか
胸くびれを作って
上を向を斜めにした時点で
コモヤクルトですよね
ここはやっぱりヤクルトの
容器の下ですかね
このくびれの部分が
あるメリットを生み出したのです
それは飲んでみるとわかります
あれたいへいさん何かに気づきました
1度にねthatこ入ってこないですよ
とくびれがあることで液体が一旦的止められ
ゆっくり味わうことができるのです
最大の問題は容器の
寸法の計算でした
65MLの内容量に合わせるには
各部分の寸法をどうしたら割り出せるのか
コンピューターを使えば
一発で計算することができますが
昭和42年当時どんな便利なものはありません
気持ちはスウェーデン製の
機械式の計算機を購入し
サイズの寸法計算を行ったの
ですヤクルトは小さな容器です
しかしlineの角度長さ
膨らみの曲線内側の空間の容積
使用する樹脂の量など
膨大な計算式が隠されているのです
そこにでも小さめの哲学がありました
デザイナーは技術に精通した芸術家である
憧憬の骨格が固まると
剣持をはじめスタッフはさらに
磨きをかけていきます
頼みとしたのは近所の子供達でした
模型に触ったり
持ってもらったりしながら
握り心地持った時の感触を聞いて回り
細部のデザインを煮詰めていきました
こうして一つの造形が誕生したのです
たいへいさん作っていくうちに
色んな発見があったようです
口のちょっと甲出っ張りが多分
それは蓋をした時の
密閉性を高めるための反り返りだと思うんです
けどでもね
飲んでてね口当たりがいっていうかね
唇にまで安心感を与える形なんですよね
なるほどさあそろそろ完成ですか
見事な仕上がりさすがですそしてヤクルトへの
プレゼンテーション一般的には
何パターンかの試作品を見せますが
剣持勇斗スタッフが持参したのは
全て同じ形の鉄道模型でした
唯一の問題とデザイン料は
ひゃくまんえんまでもいっせんまん話
いっせんまん枚ですかね
1968年昭和43年
新しいヤクルト容器が完成しました
その時の
感激と喜びを覚えている
現役のヤクルトレディーがこの二人
キャリア半世紀以上続くでした
思いとやっぱかずやってると大変ですけど
プラスチックになってからは
総本数も増えたりしてたから
痛くなってすごく回収もしないし
便の場合は
箱を積んで
自転車に乗らなくちゃならないん
であの本数少ない割には大変だったんだから
あのプラスチックになってからはすごくなくなって
楽しく配達もできたもんね
ちょっとねその造形は今も変わらず受け継がれ
日本のみならず
世界の多くの国で使われ続けています
ではなぜこの造形が生き続けているのか
その理由が
明らかにされた場所があります
ここは法廷に立ったのです
何が問題なのですか
裁判所よろこびがつなぐ世界へ切り
モダニズム邸宅の極み誕生ライムフレックス
ロングライフヘーベルハウス
東京下落合に
今もデザイン事務所が受け継がれています
明治45年に
東京で生まれた剣持様は千葉
大学工学部の前身
東京高等工芸学校で木材工芸を学び
性交渉の工芸指導所に入所しました
日本人の体型に合わせた家具を研究し
規範となる形を作り上げるという仕事でした
この時であった建築家のブルーノタウトに
デザインの本質を学び
長期のアメリカ視察を経て世界に通用
する日本独自のデザインが必要だと
痛感したのです
戦後自らのデザイン事務所を立ち上げる
ジャパニーズモダンという新しいデザイン
運動を牽引して
日本の伝統美と一切の無駄を省いた
モダンな感覚を融合させ
デザインというものの
存在を気付かせて行ったのです
そのキャリアの後半に
作り上げた代表作の一つがヤクルト容器でした
その美しき造形が試されることになるのです
1997年ヤクルトは
立体商標形状そのものが
トレードマークとして認められた商標のこと
しかし審査で拒絶されてしまいます
なぜなのか担当し
た弁理士の清水哲夫さんに伺ってみましょう
自他商品識別機能識別する機能があるかどうか
これらの審査の対象になるわけです
いや不動産の立体商標の通話も
識別機能が十分とはいえない
確かに長年使ってることは分かるけれども
似たような容器形状は
非常にいっぱいあるじゃ
ないかこんなに色々ある所で
独占権を与えるとやはりまずいんじゃないのと
今からじゅー年前の2010年戦いの場は
こちらに裁判の争点はこの容器だけを見て
これがヤクルトか識別できるかですま
普通はできますよね
裁判で注目されたのは
大規模なアンケート調査の結果
でした最後の手段でちょっと大げさですけども
やっぱりアンケートを維持どころみようじゃないか
ということで
回答者が時間にあこの商標俺知ってるよ
著名だよって返事がくれるわけです
そういうこともあって
適切な形でアンケートとって
それを証拠として提出しました
非常に説得
力が全国の男女ごせん
人を対象にした
インターネット調査を行ったのです
設問はこの容器を見て思い浮かぶ
商品名は結果はきゅーじゅー
はちぱーせんとを超える回答者が
ヤクルトと答えたのです
そしてようやく2011年1月21日
立体商標として認められました
かつて牛乳瓶のように
一目でわかる妖気の創造を目指した
剣持勇のデザインの力が
人々に広く深く
浸透していたことが証明されたのです
ヤクルトたいへいさん
ここでヤクルトチャージ元気になるね
デザインとは何か
この造形には驚くべき哲学が
それはガレージライフを楽しもう
オールフォーロングライフ
この国住むが変わってきたのです
愛着のある新築の家を住み継ぐ人もいれば
信頼できる築35年の家を選ぶ人もいる
かと思えば
歳を重ねて一軒家からマンションへ進み
帰る人がいる人生ひゃく年
生き方に相撲を合わせていく時代で
明日は選べるだ
からあなたと話したいヘーベルハウス
ここが私のビアガーデンビールビールをたくさん
もうやってるね
みんなで乾杯だ美味しいって嬉しいキリン一番搾り
六本木のミッドタウンにあるミュージアムで
開催中の展覧会です
普段は見ることのできない
著名なデザイナーたちの思考と
創作の過程を知ること
ができますそこにありますよヤクルトの容器
ここに日本を代表するデザインとして
ヤクルト容器が展示されています
必要だからこそ生まれた形というものに
すごくこのヤクルトの容器は
近い気がするんですよね
皆さん当たり前に見て使っていますけれども
そこにデザイナーの創意
工夫がすごく入っているために今当たり前に使える
実はそれは当たり前であって
当たり前ではないんですよね
剣持デザイン研究所社長の松本哲夫さんは
今年きゅーじゅーいち歳自身も新幹線のぞみなど
数々の傑作をデザインした現役のデザイナー
剣持勇についてこう語ります河原工業
デザイン科買い物はメリンダ
誰がデザインした剣持
デザイン研究所がデザインした中には
思いもいれば早く出たい
今入ってきたみんなが一緒に仕事して
最後にもらえるこれでいいよ決めるけど
違って俺がデザインした俺は
行ったこと一回もないよ
増やす液体には形がありません
形を与えるものが病気です
最もふさわしい形を求めたときデザインが生まれる
当たり前のようにある
当たり前のように使われる剣持勇拓
ヤクルト容器技術と美の結晶あるいは無名の勲章
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