チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

新美の巨人たち 東山魁夷『緑響く』

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風景画を劇的に変えた昭和を代表する日本画家・東山魁夷。画家人生の円熟期と言える60代半ばに描いた1枚が、今回の作品『緑響く』。18枚の連作の最初の1枚です。繰り返される木々は緑一色でありながら単調さはありません。軽やかなリズムを作り出す、その深みのある色へのこだわりは、並大抵のものではありませんでした。さらに絵肌は油絵のように凸凹しています。この日本画とは思えない表現は一体どこから来ているのでしょうか。

また東山作品では珍しく、絵の中に生き物が登場。静かに湖畔を横切る白い馬に、ある葛藤と祈りが込められているといいます。それは一体?そこには東山の人生最大の、ある大事業が深く関わっていました。

鏡のように静まり返った池面が生み出す幻想的な世界…まるで空想のようですが実在する場所で、八ヶ岳の御射鹿池が絵のモデルになっています。そこで今回のアートトラベラー、シシド・カフカさんは、『緑響く』を含めた900点あまりの作品を所蔵する長野県信濃美術館の東山魁夷館と、緑豊かな御射鹿池へ。池の前でカメラを構えたシシドさんが気づいた、東山の構図の妙とは?

東山芸術の全てが込められているという、名画に秘められた物語に迫ります。

 

日経おとなのOFF 2020年 絶対に見逃せない美術展(日経トレンディ2020年1月号増刊)
 

美の巨人たち 東山魁夷『緑響く』

放送:2020年10月17日

 

季節の移ろいが旅情を誘います

行ってみたいその場所へ描いてみたい

四季折々息づく自然を

日本で風景画という表現が生まれたのは

ひゃく年あまり前のこと

それまでは理想の自然を描く淡水化でした

風景画を劇的に変えた

昭和を代表する画家

がいますその姿は凍てつく冬の日本海

あるいは記事が深く生い茂る

山の中に修行僧のように旅を続け

出会った景色を次々と絵に残しました

国民的風景画家そう呼ばれた東山魁夷です

その提出な画面に

多くの人が心を重ねました

自分の蝶々のように思えますですねこんな

時だからこそ

ゆったりと穏やかな気持ちになる

とっておきの一枚を今日はご紹介しましょう

吉永小百合さんのあのCMに変わりました

作家の原田マハさんも小説で

その美しさを与えましたでは向かいましょうか

東山魁夷が描いた最高の風景画の世界へ

信州を代表する名刹善光寺

北はシシドカフカさんです

目的地は善光寺ではなく

境内を通り抜けた先にある美術館

ほら案内がありますよ

風景画でその自然の表情に心を動かされるっていう

あまりなかったので

そう自分の感情が動かされるのかってに

もうすごい興味があります

長野県信濃美術館東山魁夷館が

生前に寄贈した

きゅーひゃく点余りの作品を所蔵していますが

自動さんのお目当てはこちら今日の一枚

東山魁夷作緑響く繰り返される

木々のシルエットが作り出す軽やかなリズム

濃い緑から薄い緑まで

あらゆる色調の緑が織りなす多彩なパターン

赤の色へのこだわりは並大抵のもので

はありませんでした

よく見ると日本がとは思えない盛り上がったね

肌油絵みたいに重ねて重ねてるのかな

量がみたいですね

その表現は一体どうやって生まれたのか

構図にも特徴が鏡のように静まり返った

水面に木々がそっくり映り込み

幻想的な世界を生み出しています

空想でも

おかしくないような景色だなあ

というふうには思いました

こんなに綺麗なところ見たことがない

この絵を描いた場所が

今もそのままの姿で

残っていま構図の秘密がわかりますよ

そして静かな池のほとりをポツポツ歩む白い馬

実は画家の絵に動物が描かれるのは

極めて稀な

ことなんです

馬がなかったら大分かかりますよね

自分の気持ちそこに乗っかっているんだろうな

緑響くを描いた時が

彼はろくじゅーよん歳人生

最大のチャレンジの真っ只中にいました

この絵に込められた

見る人の心にしみる海物語とはでは

早速描いた場所に行ってみましょう

長野県茅野市奥蓼科の山の中へと向かいます

目的地まで違う家からおよそさんじゅっぷん

美の巨人たち

オールロングライフ

ヘーベルハウスとよろこびがつなぐ世界へ

キリンの提供でお送りします

もうなんかもうすでになんと車が通る

道のすぐ脇に

雨や風で水面がわずかでも見

られるとあの絵の景色は現れません

でも運が味方してくれれば

大学で写真を学んでいた宍戸さん

カメラを向けていると

あの会の光景が現れました

昭和初期に農業用の貯水池として作られた

御射鹿池緑響くはこの場所を描いているのです

池の底に珍しい苔が生えている

ため美しい青緑色に見えるそうです

かいさんばりに

フォーカス割と限定的な世界を

絵もキリ取ろうとしてます

本当に雨みたいみたいだと

こうなると幻想的な感じがの度合いが違う

と言うか空を入れるより

森と池を切り取る方が幻想的

飯能スポーツであんな女

この上下対称の独特な

構図は東山作品の大きな特徴だと言います

景色が水面に映って

上下対象になっているという構造を

投影コードと言うんですが

そういう簡略な構図の中に

自分の感じた

美しさの中心となるものを表現していく

というのが東山の制作の仕方でした

どうエコーズは他の作品にも

しばしば現われます

風景を写したピクリとも波立たない鏡の水面

これはとても大切な表現だったようで

条件が揃った時に初めて

水面は鏡のようになって

周りの景色をくっきりと写り込ませることに

なるんですね

俊二の奇跡のようなものだと思うんです

水辺に自分一人だけが入っ

て世界は静まったように泊まっている

そこに立ち会っているのは自分一人だけである

ある種孤独なだけど

幸せな世界観というのは

その東映の構図の作品の中には

常に図られている信濃美術館

東山魁夷館に画家を目指していた

東山少年が描いた自画像があります

これは

油絵だきゅー歳ですね

山新吉町の会話洋画家を目指していました

しかし実業家だった父は不安定な職業にも

反対日本語であれば許すと言われ

大正じゅーご年

東京美術学校日本画家へ進学します

洋画への憧れを捨てきれなかったのか

卒業後はドイツへ留学希望に満ちた

東山線ところが不幸が次々と襲いかかります

卒業まであといち年父きゅー秒の知らせを受け

やむなく帰国日の車になった

家計を助けようと死ねを描きますが

全く売れません

やがて父が亡くなり

終戦直後に母がさらに弟ので結核で亡くし

天涯孤独に全てを失い

何をする気力も失って

しまったそうで

失意の中であった景色が人生を変えます

冬枯れの山肌がですね照らし出されてまして

何とも言えない静かな冒険

自分もあのどん底のですね

状態なんだけれども

相手の風景もですね

ともにこの瞬間は

生きているんだったようですね

喜びがあの元できたんか

昭和22年山椒は

日展特選を受賞さんじゅーきゅー歳遅咲きの風景

画家のキャリアが始まります

そして風景に

自らの心境を託した絵をひたすら描くのです

よんじゅーに歳で描いた代表作の道

これから歩いていく緩やかな坂道の

その先に思いを馳せました

北山初雪は失われつつある

今日どの日を描いてほしいと語った

盟友川端康成の思いを受け止めました

近衛にも東山は

ある願いを込めているのですが

それは後ほど緑響くはタイトルの通り

様々な色調の緑だけで描かれた風景画

東山魁夷の作品は

およそよん割がこうした青色基調の絵です

その特徴的な

色使いは東山ブルート代名詞になりました

秘密とは何でしょうか

というのは孤独とか教習とか同型

またせいじゃくとかで成城とか

そういったような性質を帯びていて

まさに多分東山

そういった精神性に深く感じて

共感していたような感じがしますし

そういったものがまさに

そのままこういった色使いとしても

表現されているのではないかな

という気はします

そこから這い上がってきた東山にとって

おそらく青は特別な色だったのでしょう

実はその描き方にも大きな特徴がありました

緑響くの色彩を

日本画家の岩田壮平さんに

再現してもらいまし

た音をつけた下絵に明るい緑を乗せ

暗い緑で立体感を出していきます

さらにその中間の緑を塗り重ねて

全体を鳴らします

この重ね塗りには

ほぼに種類の顔料しか使われていません

元同好会振られた群青と

孔雀石から作られた緑青鉱石は

暗く荒らさで色味が変わります同じ系統

のものを塗り重ねていくことによって

濁ることなくより澄んだ色っていうのが

家の中で表現として

あの可能になってくるんではないのかな

重ね塗りの工程を繰り返すことで

だんだんと奥行きが出てきます

これを時に

何百回も薄い絵の具の層が盛り上がるほど

繰り返すので

入ろうとしては

一発でも色は色で着くんですけど

へのその空気感っていうんですかね

その木というのが

空気の層を重ねるごとに

あの培われていくんじゃないから

絵の具を重ねることによってそうですね

あの延期も出してるように

隅々まで丁寧に色の左が彼の精神が

幾重にも織り込まれて

奥深い表現が生まれるので

この絵の最大の謎が分かりですよね

白い馬もともと係神話

あれだけを書いてましたけども

てん兄弟なのかかなり長文です人もいないし

動物もいない風景ですからね

ところが緑響くでは

池のほとりに白い馬を描き込みました

これを皮切りに

画家の描く絵には

白い馬が次々と現れるようになります

この時東山魁夷

画家人生で最大の作品に挑もう

としていました

白馬に隠されたものとは一体モダニズム

贅沢の極み誕生ライムフレックス

ロングライフヘーベルハウスヘーベルハウスです

この国のツムが変わってき

たので会いたくなる

新築の家を住み継ぐ人もいれば

信頼できる築35年の家を選ぶ人もいる

かと思えば

歳を重ねて一軒家からマンションへ進み

帰る人がいる人生ひゃく年

生き方に相撲を合わせていく時代で明日は選べる

だからあなたと話したい

ヘーベルハウスにじかんはち年で

最高売上キリン一番搾り

東山魁夷の緑響くは

あるシリーズの最初の一枚でした

白い馬の見える風景の連作

なんとじゅーはち枚もこれらを描きながら

書かは人生で

最大の作品に挑もうとしていました

昭和47年ろく

じゅーよん歳を迎えた頃のことです

白い馬が描かれる前東山

魁夷は奈良唐招提寺を訪れていました

寺の開祖鑑真

和上26年にわたる障壁画の作成を依頼され

構想を練っていたのですが

に人は仏教の戒律を教えに来た

中国の高層です

日本海を越えるコナンの公開は5度失敗

失明もしました

ろくろく目のところでついに来日を果たし

唐招提寺を開いたので

肝心の偉業を称えるために

何を描けばいいのか

かかは迷っていましたが

肝心の障害と向き合っていた

まさにその時に書く

自分の稲荷川蝶々のように見えますしね

何かをですね

予感してノリノリかもしれませんですね

伊藤博之金曜日のシベリアン青

緑色の風景の中に小さく姿を現し

右から左へとその画面を横技日高沖すると

不思議にも白い馬が小さく見える風景が

次々と浮かんできた画家は絵筆を取り

白い馬の風景を描き始めました

暗い森の中で

迷ったように

立ち止まって眠ったヨーロッパの風景にも

困難を乗り越えて

来日を果たした感じ

そこに決して平坦ではなかった自らの人生を

重ね合わせていたのかもしれません

白い馬は仏教を正しく伝えたいと願った感じ

花物語を描き切ってみせるという

東山魁夷の決意を込めた

祈り障壁が任されるっての

名誉なことであるでしょうし

て喜ばしいからこそ

悩んでてそれを書き始めるまでに

この馬の餌を変えて

きっとそれを成し遂げられるだろうとして

成し遂げっていう意味での

赤柄に見えてきました

シリーズ最後の一枚は最も幻想的な風景です

空へ飛び立つ白い馬

その先に完成した畢生の大作とは

よろこびがつなぐ世界キリン

ガレージライフを楽しもう

オールフォーロングライフヘーベルハウス

昭和47年のわずか一年だけ

緑響くを皮切りに描かれた連作

白い馬の見える風景

シリーズの最後

白い馬が空へ駆け上がり雲間に消えていきます

東山魁夷はその後

二度と描くことはありませんでした

白い馬のシリーズを描き

上げるとか川丸神に捧げる

障壁画に取り掛かります

スケッチのために海謝ること

気楽にはさん年近くの歳月をかけました

後どのナンパで失明しながらも

日本にやってきた感じに

見ることのできなかった美しい風景を捧げたい

と鑑真が渡ってきた日本海の荒々しさ

夢にまで見

た筆順で美しい山間の景色

昭和50年東山魁夷渾身の大作さんと

青和唐招提寺御影堂に奉納されましたが

彼が祈りを込めた白い馬は

静寂の中をゆっくりと歩いています

静かな闘志が心を強く願ったもの

今まで自分が感じたもの

自分でこうちゃんと美しく

昇華して表現をし

ようっていうそういう姿勢がものすごくあるか

なんだなぁと思って

日常の中でこいろいろみんな辛い思いだったり

悲しい思いだっていろんな感情が動いてるか

そういった中で

いろんな人の心に中は言いました

を上手に描こうとも思わないんです

心がこもるかを守らないかそれが

問題だと思うんです

東山魁夷作緑響く

長い旅の果てにたどり着いた祈りの方

 

 

 

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