北の大地の雄大な自然と暮らし。
アイヌの人たちは、そこに住むさまざまな生き物をカムイと呼ばれる神の化身として畏敬の念をはらい独自の文化を築いてきた。
美しい自分たちの言葉で語り継ぐ神々の物語。彼らは文字を持たない代わりに、アイヌ文様という不思議な世界を生み出してきた。
美しき文様は何を描き何を表しているのか?その秘密を探り北海道のカムイの里を旅する。
日曜美術館「アイヌ文様の秘密 カムイの里を行く」
放送日
2020年11月29日
北海道から千島列島。
その起源は未だ定かではありません。
北の大地の雄大な自然の暮らし。
アイヌの人たちは、そこに住む様々な生き物には神の魂が宿ると畏敬の念を払い、独自の文化を築いてきました。
美しい自分達の言葉で語り継ぐ神々の物語。
そしてアイヌ文様と呼ばれる不思議な世界。
彼らはそこにどんな思いを何を伝えようとしてきたのか。
「音とかリズムとか、形にならない森羅万象の見えないけど何かそこにあると確かに感じられる命っていうんですかね」
アイヌ文様の秘密を追ってカムイの里を旅します。
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小野さんの旅はアイヌの里で代々続く祭りと儀式を見せてもらうことから始まりました。
川を上る鮭などの漁で使う船の安全を神に祈願するための進水の儀式です。
アイヌの神カムイに鮭を捧げ、感謝の気持ちを伝えるカムイノミ。
儀式で着る男たちの衣装から祭具、ござに至るまで様々なアイヌ文様が溢れています。
神に祈りを捧げるとき、最も大切なのはイクパスイと呼ばれるこの道具。
先につけたお神酒を何度もふりかけ感謝と祈りの言葉を伝えます。
神に捧げる御神酒を付けるイクパスイ。
そしてお神酒を入れるための神聖な器トゥキ。
どちらを彩るのも不思議な愛の文様です。
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一見複雑に見えるアイヌ文様ですが実は三つの文様が基本にあると言います。
渦巻きの形をしたモレウ。
モレウとはアイヌ語でゆっくり曲がるという意味です。
星形をしたこの文様はシクと呼ばれ、アイヌ語で目という意味だといわれます。
鋭く尖った棘の文様アイウシ。アイウシとはトゲがあるという意味です。
モレウ、シク、アイウシ。
これらの文様を組み合わせることで何を伝えようとしているのでしょうか。
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アイヌ文様の秘密を求めて小野さんは儀式で見た大切な道具、イクパスイを彫る名人を訪ねることにしました。
貝澤さんは二風谷一番の木彫りの名人です。
アイヌの神カムイに感謝を伝えるためのイクパスイ。
ではその模様は何を表しているのでしょうか。
「今持ってるここはウロコ彫りといってね」
魚なんですか
「魚ではない」
模様は何か生き物のように見えるのですが。
「これはイクパスイといってね、儀式の時お祈りをするときに使う道具ですね。山歩きでも御神酒とイクバスイを背負って歩いたって話だ」
うろこのような文様はイクパスイで最も大切な部分、ラムラムノカと呼ばれています。
「途中で立ち上がらないように」
休むことなく一気に掘りあげなければならない。
何か意味があるのでしょうか。
「本数は決まってない彫る人の自由だから」
彫り方は彫る碑との自由。
ますますわからなくなってきました。
「これは生き物として使うからアイヌの場合はね。
アイヌの神カムイは森羅万象の全てに宿ると言われています。
様々な生命や風などの自然現象。
さらには身の回りの道具にもカムイの魂は宿る。
祈りの気持ちをカムイに伝え仲立ちになってくれるイクパスイ。
そこにはまるで生き物のような力があると言うのです。
「山菜採るんでも、家を守るんでも使えるから。もらった人は結婚してもいいよという意味だ。
アイヌは弓でも矢の先でも自分で作るから。下手な彫り物では撃っても刺さらない。それ見てこの人一緒に食べれるってわかる。下手な彫り物だと危ないと」
男は彫り物、女は刺繍。
アイヌの人たちは日々の暮らしの道具の中に様々な模様を描き、使い続けてきました。
アイヌ文様と共に生きること。
それはカムイと共に生き続けることなのです。
貝澤さんの仕事場に子どもたちがやってきました。
かつて子どもたちは大人が仕事をする傍らで囲炉裏の灰を使って模様を学んだといいます。
書いては消し、書いては消し、それはアイヌ文化の大切な伝統を伝えることでもありました。
アイヌの人たちの悲劇の歴史が始まったのは明治の初めのことでした。
北海道の開拓が進む中アイヌは元いた土地から切り離され、同化政策の中でその風習や言葉まで失われていったのです。
過酷な歴史の中でアイヌ文化はどう守られてきたのか。
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一人の女性を訪ねました。
しかし木幡さんはそれを誰からも習ったことはないといいます。
「うちの親たちは私がいくらかこう大きくなった時はアイヌ語は一切使いません。だけど貧乏だったので愛の両親ともねあの飯場生活っていうか山に行って仕事してね
私が5歳と6歳ぐらいの時に孫ばあちゃん父親のねお母さんと学校入るまで一年か二年暮らしました。
おばあさまとおばあさんと歌のように
その歌った歌があるのでそんぐらいだね
自分の耳に残って記憶されてたんですかおばあさまの歌は。
不思議なリズムと掛け声。
ゆったりとした優しい語り口。
木幡さんの記憶の断片に残されたアイヌの世界です。
ユカラには数え切れない歌がありました。
一つの歌を歌うだけで何日もかかる歌。
どれも口伝えだけで歌い継がれていました。
アイヌの女は神様にお願いをしました。
私は三日三晩歌い続けます。
歌を聴いてくださる神様。
明日もあさっても続きを聞きに来てくださいな。
「おばあ様の記憶はおばあさまの語った物語と一緒にずっと木幡さんの中に生きてるじゃないですか素晴らしいです素晴らしい」
アイヌ文様の秘密を巡る旅。
小野さんは昔ながらのアイヌの生活を続ける男性に出会いました。
浦川さんは現役の猟師。
森に住む熊や鹿を仕留め川に登るサケを追っています。
森や川に住む生き物はアイヌの神カムイの化身。
アイヌの猟師にとって、狩りは神聖な意味を持っています。
「あの辺から網を流すんです」
「中洲の端からアミを流してこっちこのこっちに流すんですか。そしたらそこにサケが上がってきて中に入るんですか。たくさん取れたんですか」
「いちばん獲ったのは、一網で68匹。5、6年前かな」
若い頃は札幌でトラックの運転手。
村に戻って猟師を始めたのは49歳の時でした。
猟師の仕事は森で獲った獲物を解体するための小刀・マキリを彫ることから始まります。
「鉄砲持って猟を始めたら、獲物を解体しないといけないでしょ。だから家にも先祖が使っていたマキリが確かあったなと思って、それで探して同じものを作ったんですよね」
マキリは神の化身である獲物のいのちをいただく神聖な道具。
自分が使うマキリは自分で彫り上げる。
浦河さんは自分で鞘に渦巻き状の文様のモレウを彫り始めました。
モレウのイメージはどこから来たのでしょうか。
鹿撃ちで山に入った時のこと。
ヒントを教えてくれました。
「じっと見てると川の流れの中で、結構面白い模様が見えるんですよ。渦巻き文様がときどき現れたり、その渦巻きも大きかったり小さかったり」
カムイの森に生きる浦川さんだけの秘密です。
これが浦川さんが作られたマキリ。
こちらの文様には森のイメージが感じられます。
「重たいですね」
「鹿の油です」
「これはクマの牙」
「動物たちを仕留めて解体するのにマキリを使われてる。これはすごいなあ。いろんな油とか血が染み付いてる。これは何ですか。これは」
「鹿笛です。鹿は縄張り意識が強く、雄鹿の居るところでこれを吹くと、よそ者が来たということで目の前まで来る。それをドンと殺る。熊も来るんです。これを吹くときは背中にも気をつけろと言われているんです」
北海道の森や川で様々な獲物を取り続けてきた浦川さんのマキリ。
そこに彫られたアイヌ文様には熊、鹿そして鮭。
カムイの化身として生きる様々な生き物の命の重みが深く刻まれていました。
「綺麗な川の流れを見る。植物を見る。川のせせらぎを聞いたりする時に、もしそういうものを何か表現したいと思った時に、例えばをずっと川面を見てた時に、キラキラ光る水が流れてる時にその姿っていうのは文様のようにも見えなくもない。草木が風に吹かれて動き続けてるその姿も何か表現しようと思ったら文様のように見えるんだろうかなって思います。今に比べると、はるかに夜の沈黙が深かったり、夜の静寂が深かっただろうし、その静寂も濃い。そのぶん自然界を満たす音たちそれぞれが命を持ったように聞こえてきたじゃないかと思うんですよね。そう言われて音とかリズムとか、形にならない子森羅万象の見えないけど、何かそこにあると確かに感じられる命、不思議な力を表現する時に、自然と文様は生まれてくるのかなと」
アイヌ文様。
それは一つの森を舞台に繰り広げられてきた、カムイの世界とアイヌの世界をつなぐ不思議なメッセージ。
それは大きな命の物語。
*
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男は彫り物。女は刺繍。
アイヌの女性達が敬い大切にしてきた木があります。
アットウシと呼ばれるアイヌ独特の布を生み出すオヒョウの木です。
アイヌの女性達はオヒョウの皮から糸を紡ぎ、アットゥシを織り上げ、その上にカムイの世界を伝えるアイヌ文様の刺繍を施していきました。
衣装に縫い込まれた文様の秘密。
小野さんは一人の女性を訪ねました。
貝澤さんは60年にわたり、オヒョウの木の皮からアットウシを作り続けてきました。
「これに荒皮がついてて、ここに包丁目を入れて、荒皮だけとっちゃう。そうするとすべすべした。これは難しいです。ちょっと刃物入れすぎると使えるところまで切っちゃう」
皮から繊維を取り出し糸を一本一本紡ぎ出す。
気の遠くなるような作業です。
「綺麗ですね」
アットウシはカムイの恵み。
貝澤さんは、指で柔らかい繊維の感触を確かめるように裂いていきます。
さらに細かく裂き続けると。
そしていよいよアットウシの機織り。
布を織る織機を腰に巻きつける伝統の織り方です。
アイヌの女たちに代々伝えられてきた伝統の技。
神の化身をオヒョウの糸が一本織り込まれて行きます。
「昔の人ってすごいですね。木の皮で作ろうなんて思っちゃうってね」
アットウシで作った伝統衣装に文様が刺繍されるようになったのは江戸時代の中頃のことでした。
女たちはそれをアットウシに縫い付け、カムイの世界とつながるアイヌ文様の刺繍を施したのです。
アトウシの刺繍を担当するのは貝澤さんの娘の真紀さんです。
真紀さんに手ほどきをしたのはアイヌ文様の刺繍の名人だったおばあさんでした。
「ずっと子供の時からね着物も見ていたり。うちのおばあちゃんっていう人が文様を直接描いたりとか、父が彫刻をやっていたので、父のアイヌ文様とかを見ていててそれで本当にアイヌ文様を彫ったりとかしたのが最初なんですよ。渦巻き文様がモレウって言うんですけども。モレウ、渦巻き文様のことが静かなんですよね。こういうダイヤ型のこういう形はシクって言って、神の目の形。目の形をシクって言うんですけれど、棘のあるところでのアユシと言う」
モレウ、シク、アユシ。
大切にするのはアイヌ文様の基本です
「無限大に広がっていくっていうのがアイヌ文様だって私はあの例えばですね、ここからこういう風に持って行ったりとか。ここで渦巻き模様のモレウを入れますが、ここからアユシを入れてとか、どんどん全部つながってくんですよ。全部がつながっていけるようなデザインなんですよ」
無限に広がってゆくアイヌ文様。
森羅万象に宿るカムイの声が聞こえてきそうです。
「無限に文様ってものが繋がっていくんだとすれば人間の世界と自然の世界が繋がっていく。その繋がっていくというのは単に人間と外界っていうだけじゃなくて、過去と現在。それから未来ってのをつないでいく、そういう流れとしての文様っていう風にも言えるのかなっていうのは思いました」
「これは私が機を織って、娘が刺繍したんです」
アイヌ文様の秘密を探る旅。
そこにはカムイの力に支えられアイヌの過去を未来につなぐ人々の姿がありました。
「今回北海道に来たのはアイヌの文様っていうものの不思議さっていうか、美しさっていうものの理由ですか。なぜアイヌ文様が生まれたのか興味があって来たわけです。いろんな方たちにお目にかかってお話を伺って、そうすると本当に美しいもの。素晴らしいもの。ある文化に根ざしている長い間培われてきたものっていうものは、そう簡単に言葉で説明できるようなもんじゃないんだっていうことがよくわかりました。よく考えれば文化っていうものは自分たちの生活の中に呼吸するようにあるとしたら、それが僕たち、どうして呼吸するのかなって理由なんて考えないじゃないですか。もしそれがどうして自分が息してるんだ。どうやって自分が歩いてるんだなんか、どういう仕組みになってるんだろうって考えだしたりしたら、息もできないしあの歩けなくなってしまいますよね。動けなくなってしまう。何なのかわからないけど、ずっと受け継がれてきたということはすごく大切で美しいものだという風に、人々の心に時間を超えて訴え続けてきたからだと思うんですよね」
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