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「琳派と印象派 東西都市文化が生んだ美術」【アートシーン】

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琳派印象派 東西都市文化が生んだ美術

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京都で生まれ、江戸時代に発展した日本の琳派

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そして19世紀のパリなどで活躍したヨーロッパの印象派

東西の都市で育まれた美を比較する展覧会が開かれています。
琳派印象派にはいくつか共通する点があると言います。
例えば画家に作品を発注する注文主との関係。

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「注文を受けて製作する場合、作者はそれが収まる場所、目的、予算などに応じた内容となっているか、注文主の意図を汲み取って作品を仕上げる必要があります。注文主もこの人であればと託すわけで、互いの信頼関係によって作品が出来上がっていくわけです」

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琳派を代表する尾形光琳の《孔雀立葵図屏風》

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公家の名門九条家が所蔵し衝立として用いていました。
注文主も九条家だった可能性があるとされています。
厳かな玄関の前に置かれたはずの衝立。
身分の高い貴人を迎える時には孔雀の面を用い、

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気が置けない客の時にはタチアオイを用いる。
光琳はそんな使い方まで意識していたのでしょうか。

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印象派の画家たちも裕福な支援者たちに支えられていました。
これはルノワールパトロンの出版業者の娘を描いた作品です。
大人用の椅子に腰掛けたジョルジェットは当時4歳。
足を組んだおしゃまなポーズ。
大きすぎる椅子が愛らしさを際立たせています。
東西の画家たちが共に求めたのは新たな水の表現でした。

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モネは自宅の池に睡蓮を植え、水面の光景をおよそ30年にわたって描き続けました。

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時間とともに移り変わる光の反射、水の表情を表現しようとしたのです。

琳派の絵師たちはどのようにも形を変える水の姿に関心を示しました。

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尾形光琳が桐箱の内側の衣に描いた流水。
リズミカルな水の流れを模様のように表現しています。

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こちらは光琳の弟、尾形乾山が描いた川の景色。
岸辺を補強する蛇篭。
その向こうに大きな波頭がたち、波間をくぐって水鳥たちが遊んでいます。

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東西の都市で生まれた作品が一堂に会します。
東京のアーティゾン美術館で来年1月24日まで。

 

会場:アーティゾン美術館

会期:2020年11月14日~12月20日、12月22日~1月24日

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