チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

「篠田桃紅展 とどめ得ぬもの 墨のいろ 心のかたち」【アートシーン】

f:id:tanazashi:20210421175114p:plain

 

 

篠田桃紅展 とどめ得ぬもの 墨のいろ 心のかたち

今年3月。

f:id:tanazashi:20210421175101p:plain

107歳で亡くなった美術家・篠田桃紅。
墨と向き合い、独自のスタイルを追求した生涯に迫ります。

f:id:tanazashi:20210421175050p:plain

桃紅の雅号は桃紅李白薔薇紫という漢詩から取って付けました。
銀嶺の細い線がすももの白い花。
朱の面は桃の赤い花。
春の風は一様に吹くが花の色はそれぞれの姿です。
自分の美学を貫き通し、水墨を深めてきた桃紅の生き方を示す作品です。

f:id:tanazashi:20210421175039p:plain

「桃紅の作風はやはりベースに朱というものがあると思います。書家であった頃に培った筆の運び、

f:id:tanazashi:20210421175030p:plain

あるいは筆致といったものを絵画表現の中に融合させて表現している。

f:id:tanazashi:20210421175023p:plain

そこが非常に特徴的ですし、書と絵画の世界を融合させて新しい表現スタイルを構築していたというところが桃紅の作品の大きな特徴になります」

f:id:tanazashi:20210421175012p:plain

1913年。
中国の大連に生まれた篠田桃紅。
翌年に帰国し、五歳の頃から父に書の手ほどきを受けます。

f:id:tanazashi:20210421175001p:plain

その後桃紅は独学で学び、既存の書の枠にとらわれない表現を模索します。

f:id:tanazashi:20210421174951p:plain

その特徴は文字の意味にとらわれず、視覚による美を追求していくことでした。

f:id:tanazashi:20210421174941p:plain

1956年。
桃紅は抽象表現主義が主流となっていたアメリカに渡ります。
滞在中の2年間で書から墨による抽象造形に転換して行きます。
重なりやにじみといった墨の特性を生かして、表情が異なる淡い線を表現しました。
そこに濃い墨で力強く鋭い線が引かれています。
抽象造形の挑戦は新しい絵画を生み出しました。

f:id:tanazashi:20210421175458p:plain

1970年代に入ると、日本の伝統文化にある叙情的な美を作品の中に昇華していきます。

f:id:tanazashi:20210421175451p:plain

その代表的な作品《月読み》
画面を二分し光と影の世界を表現しています。
二つの世界の間を行き来している月はうつりゆく時間そのもの。
抽象的な画面の中に、日本の伝統文化の奥深い味わいを感じさせます。

f:id:tanazashi:20210421175443p:plain

桃紅が百歳を前にして描き上げた作品。
金地に勢いよく上伸びる白い線。
桃紅が捜索する一瞬一瞬の形です。
昨日よりは今日と、歩みを止めることはありませんでした。f:id:tanazashi:20210421175418p:plain

「無意識ですよ。描くときは。ここでこの手法を使うなんてそんな意識的にやってませんよ。作っているんじゃなく、できた絵なんです。みんな。どうなるか分かんないですよ。一寸先は。人生と同じよ」

f:id:tanazashi:20210421175410p:plain

神奈川県横浜市のそごう美術館で5月9日まで。

 

会場:そごう美術館

会期:2021年4月3日~5月9日

映画、ドラマ、アニメの動画視聴ならU-NEXT<ユーネクスト>。映画やドラマ、アニメの名作はもちろん、最新作も超充実なコンテンツ数が特徴です。その数120000本以上。まずは31日間の無料トライアルを是非お試しください。