チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

新美の巨人たち 祇園『八坂神社』

 

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京都の人気観光地として栄える祇園商店街。

1300年の歴史を持つ疫病退散の社『八坂神社』は、数々の老舗が軒を連ねるこの通りにあります。

平安京の誕生よりもずっと前から京の都を眺め続けてきました。

境内・境外に29棟の重要文化財があり、ご利益だけでなく目に嬉しいのも魅力です。

そんな祇園のシンボルである『八坂神社』の本殿が昨年、国宝に仲間入り。

一体この建築の何が特別だったのでしょうか?

 

美術の窓 2021年 1月号

美術の窓 2021年 1月号

  • 発売日: 2020/12/19
  • メディア: 雑誌
 

美の巨人たち 祇園『八坂神社』

放送:2020年5月15日

 

去年の暮れ京都に新たな国宝が誕生しました。

皆さんも一度は訪れたことがあるでしょう。

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四条大橋から祇園の町を東にまっすぐ進んだその突き当たり。

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鮮やかな朱塗りの門がトレードマークの八坂神社です。

平安京の以前から京の都を眺め続けてきました。

親しみを込めてこう呼びます。

祇園さんと。

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古より疫病退散のご利益があると言われてきた社は実は数々の謎に満ちていました。

「祀られてるのが別の神様だったらまた違った形になったかもしれない」

八坂神社ミステリーですね。

なぜか複雑に折り重なった不思議な屋根。

その下に湧くという神秘の泉。

そして絶品の京グルメ。

これも八坂神社と深い関わりが。

こんな時だからこそ疫病と戦い続ける神社の美しい物語を。

まずは祇園の商店街から神社に向かいます。

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今日の作品八坂神社。

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1300年の歴史を持つ社です。

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まず出迎えてくれるのは重要文化財の西楼門。

2007年大規模な塗り替えによってかつての輝きを取り戻した。

神社の顔とも言える建築です。

でもこれだけじゃありません。

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本殿が国宝に指定されたと同時に新たに26もの建造物が重要文化財に認定されました。

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今日は特別に地元の人がお参りする定番コースを案内してもらいましょう。

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まずは西楼門を抜けて真っ先に見える小さな社。

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疫神社。

「八坂神社の神様が須佐之男命と言いまして、疫病を退散してくれる神様ですけれども、そちらの神様は須佐之男命ではなくて蘇民将来という神様」

蘇民将来は八坂の御祭神の須佐之男命守護を終えて、疫病に亡くなった神様。

「一番疫病から守ってくださるし、ここお参りせずに行ってしまうのはもったいない」

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美に興味のある方にぜひお参りをお勧めしたい美御前社。

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社の傍に清らかな水が湧いています。

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その名も美容水。

数滴つけると肌はもちろん心も美しくなるそうですよ。

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中でも真打が去年12月国宝に認定された本殿。

全体を包み込む目の覚めるような朱色。

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鮮やかな彫り物と小口の金が彩りを添えています。

実は数ある神社の中でも八坂神社は唯一無二の形をしているというのですが違いがわかりますか。

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本殿の国宝認定に深く関わった建築士家の黒田隆二さんによると。

「原始的神社の起こりから一番発達した形まで語ることができる究極の形、最終型神社」

建築の歴史を語る最終型。

一体どういうことなのか。

本殿の裏から屋根を見ると幾重にも重なり合っているのがわかりますね

この形こそ祇園さんのご利益、疫病退散誕生の物語。

国宝八坂神社の本殿は何度も増築を繰り返して今の形になっていました。

その歴史の灯が幾重にもなった屋根だというのです。

本殿の平面図を見てみると現在はこの大きさですが創建当初はこの真ん中の部分だけでした。

それが次にこの大きさに、そして次々に増築を重ね今の形になりました。

真横からの図面で見ると当初の社がやる事を屋根の下に収まっているのがわかります。

中に入ると疫病退散のご利益の秘密が明らかに。

 

 

 

ここは人をお願いする人がまず雷同先ほどの

増築の話を確認できるものがあります。

ここでひとつの屋根こっちでまた一つの米ってなってますね

覆い被せたからこその不思議な造形美です。

中央が一番最初に出てきたってことはあっちから初期の方からできてて

こちら側が増築されたより増築された証拠がもう一つ狛犬ここにいます

本殿の中心に位置するナイナイ神

これが最初に建てられた城です。

内々陣にはにつの扉があり、縦横が須佐之男命。

左右にその妻と子が祀られています。

獅子狛犬は多くの場合社の外に置かれるもの。

図面で見ると現在獅子狛犬がいる場所は同軸された内陣部分

創建当時獅子狛犬がいたかどうかは定かではないのですが増築の檻に取り込まれたと考えられます。

そして獅子狛犬が乗る漆黒の店にも大きな特徴が。

昔からあのこれ有名なの中世の八坂神社の様子を書いた平面図に近いものなんですけれどもこの中にですねこういう立派な店が枯れてます。八坂神社さんのごふんでの建築中で非常に重要な施設であるのが分かると思います

黒漆お金で飾った豪華な店は八坂しんこうの日は

橋心臓ともいえる場所。

祭りをする場合には必ず店教えて

そこに供物を捧げこれが田舎建築文神社

神道の最も幻想的な形なんですね。

その形がねこういう壮麗な形でも即発達した類まれないってことになると思いますね

京都は古より数々の疫病に苦しめられてきました。

八坂神社須佐之男命は現在では疫病退散の神として崇められていますが、当時は疫病をもたらす神として恐れられていたのです。

人々はこの壮麗な祭壇を作り多くのお供え物をして祈りを捧げる須佐之男命の怒りを抑えてきました。

そして疫病が流行するたびに増築は繰り返され

平安時代の後期には

今の形とほとんど変わらない

八代が出来上がっていた

と言われています

元々あった大図鑑

じゃ収まりきれなくなったってことですよね

それだけ参拝くる方が増えたってことで

人々の祈りの歴史が現れたまさに最終形

それがこの八坂神社だったのです

しかしなぜ八坂神社は

当初のやしろを取り込んで

増築されたのでしょうか

その謎に迫る貴重な証言がありました

明治38年改修工事の為に

本殿の軒下に入った少年が

後に残した言葉です

ナイナイ神ました

野池には清冽な水がたたえられ

何かある神秘的な雰囲気に満ち満ちていた

なぜ池があるんですか

本仮屋さんは祇園の街に聞き込みに

八坂の階段下に店を構えておよそななじゅー

京都市の出石名物の鯖寿司は

京都の人々の舌を喜ばせてきました

なんと美しいんでしょういただきます

いかがですか

鯖が肉厚で

しかも結構塩気が効いてるんですね

でもしましょう穏やかな感じで欲しいな

一重ご主人に

北村さんは八坂神社の氏子の一人

氏子に代々伝わる

池の秘密を教えてくれました

平安遷都の前です

ふぉーになったぞやったんで

こっから鴨川までを田畑にしとったね

その水を守るということが

毎朝家族のお品と短所な部屋の平安遷都後にこう疫病が流行りまして水がもとやちゅうことになったんですね

どこ行ったらここがきれいな水を

昔からやっとる

と押さえて来はったんですか

もう帰りました

こちらに移したみたいな考え方ってことで

それに同じ水やっていう考えを馴染ま

水源と言うか

本殿下にあるという池の水源は京都東山の中腹に山道を分け入った先、東山の伏流水がきく谷川と呼ばれる小さな流れを作っています。

今日の人々はこの清らかな川に宿る精霊の力を借りて京都に蔓延する疫病に立ち向かおうと考えました。

そこで菊谷ルアーと同じ水源を持つ泉の上に須佐之男命を祀る社殿を建て祈りを捧げたのです。

それこそが八坂神社の原点

壊して建て直すことなどできません

どう地区というやり方が

京都を守るために必要だったのです

その泉今はどうなっているんでしょう。

3~4年前ですかね、その知子超えて

匍匐前進して見ることができるんですけど

今かまぼこ常に低い高させられてて見ることができませんが

ちゃんと存在しています。

そんな八坂神社の祭礼といえば京の夏の風物詩・祇園祭りです。

疫病と戦うもうひとつの物語が。

 

 

 

京都東山にある八坂神社。

その神事である祇園祭は1300年以上も続く京の夏の風物詩。

動く美術館とも呼ばれ、絢爛豪華な山鉾巡行が名物なのですが大勢の人が集まるのを避けるために去年山鉾巡行は中止となってしまいました。

こんな時だからこそ疫病退散を願うよんさんのもうひとつの物語が

本仮屋さんは祇園祭に縁の深い場所を訪ねました。

祇園四条通り沿いにあるくずきりの名店が花見小路のほど近くにオープンした新感覚のカフェです。

名物はこちらのくず餅。

黒蜜ときな粉をかけてではしやがれ。

今まで食べたことのないこの食感。

全部が溶けます規制に溶けますそして瑞々しい川でした

店主の今西さんは八坂神社の氏子のひとり。

祭りに欠かせない重要な役を務めます。

私ですけどもう私は何歳の時ですかそれが10歳ぐらいなら

もう35年ぐらい前の話なの

祇園祭といったよく出てくるまみち番線と行く長刀鉾の過ごさせていただいた

何か食べちゃいけないものとか

お祓いするとかそういったことはのお清めをして食べもん

高級知識を得た利益を授かるときにも

神社に行って祓い清め

祇園祭山鉾巡行の先頭を切るのが長刀鉾

毎年8歳から10歳までの男の子が選ばれて神の依代となり疫病退散のご利益を今日の人々に運びます。

「まあのこの辺はの八坂神社の参道っていうことで僕らは氏子の中でもコーチ香椎中で色んなま脱毛ちゃんとできたのかどうかわかんないすけどあのー本当に恥ずかしいことはできない」

八坂神社の荘厳な美しさは氏子たちが身を尽くして守ってきた証です。

神社の行事や不信など様々な役割を担いその祈りを現代に伝えてきました。

そんな氏子たちが祇園さんの祈りを届けるために大仕事に挑もうとしています。

これ行われていたのは巨大な山鉾の復元作業でした。

山鉾の名は高山坂上など鷹狩りにまつわるご神体を乗せる勇壮華美な姿です。

しかし江戸時代に天災で消失。

以降巡行に参加できずにいました。

かつての高山を蘇らせようとしている。

山田さんは本来は八坂神社のお祭りで疫病退散

金よん祭の本当の目的なんですよね。

巡航中のあそれを祈る手段が順光であって

それをちょっと忘れてたらね早く復活させたいと言って思った。

去年いち年間ですよねまた来年はもう何が何でも巡行するとその山鉾巡行は残念ながら今年も中止が決まりました。

しかし氏子の皆さんは立ち上がります。

 

 

 

 

雨に煙る八坂神社疫病退散を願う山鉾巡行は2年連続で中止が決定されました。

しかし氏子達は山鉾巡行をさせずとも神輿の代わりに白馬に御祭神素盞嗚命をのせ静かに自然と祇園の街を巡りました。

こんな時だからこそ祇園さんの祈りだけは決して途切れさせないようにそして京都の暑い夏を再び取り戻せるようにと。

昔とおそらく変わらない温度感で伝え続けられていることが一番の宝なんだなって風に思いました。

日常のものにもきっとこういう美しいドラマがたくさんあるんだろうなっていう、ちょっと世界を見る目が変わったと思います。

いつの時代も人々とともにあったん社です。

提灯が灯る日が暮れてもここは門扉を閉ざすことはありません。

八坂神社。

疫病退散の神を祀って1300年。

今こそその深い思いが世界へと届きます。

何これ

 

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