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響くアートの愛好家

「フジタ―色彩への旅」【アートシーン】

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フジタ―色彩への旅

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おかっぱ頭にロイド眼鏡がトレードマーク。

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藤田嗣治は20世紀初めのパリで知らない人はいないほどの人気者となった日本人画家です。

藤田にはパリを離れ世界中を旅した時期がありました。

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描かれているのはメキシコ旅行に同行したマドレーヌ。

四人目の妻です。

旅する藤田はパリ時代の画風を一変させました。

絵はたくさんの色彩で溢れています。

藤田の色彩豊かな表現に注目した展覧会です。

26歳の時。単身パリに渡り絵の修行を始めた藤田。

これはその初期の作品です。

黒いドレスの女性。

藤田を有名にした乳白色の肌です。

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その肌が印象的な長い髪のユキ。

ユキは三人目の妻です。

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乳白色の肌は藤田の創意工夫から生まれました。

まずキャンバス全体に色を塗り、下地をそのまま生かして肌を表現しています。

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伸びやかな輪郭線がその魅力を引き立てます。

モノトーンの画面に描かれた女性像はパリの画壇で高く評価されました。

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ところが藤田の生涯に時代が大きな影響を与えます。

1929年。世界恐慌

不況は美術市場も巻き込み、絵は売れなくなりました。

新しい表現を探す藤田はパリを離れることを決断します。

向かったのは中南米地方でした。

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これはブラジルでリオのカーニバルを見て描いた作品。

これまでの絵とは全く印象が異なっています。

黒い帽子に緑の服。

隣には赤い髪のピエロあふれる色彩。

カーニバルの熱気が伝わってくるようです。

藤田が獲得した新しい表現でした。

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「それまで制作の拠点であったフランスのパリは世界恐慌の影響から作品がなかなか売れなくなってしまう。そうした状況からですね知り合いとがたくさんいたと思われる南米の方に赴くわけですね。そこで南米の鮮やかな色彩、大地の重厚な色。そこに大きな感動を得てそれを画面に描き止めることに目覚めたのではないかなと思っています」

第二次世界大戦

藤田はフランスに戻ります。

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戦後多く描いた絵の一つが宗教画でした。

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5人目の妻キミヨ。

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そして聖母マリア

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子ども達はかつて喝采を浴びた乳白色の肌です。

赤や青緑などは中南米の旅行以降よく使うようになった色です。

この絵には彼の長い画家人生も映されているようです。

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神奈川県箱根町のポーラ美術館で9月5日まで。

 

会場:ポーラ美術館

会期:2021年4月17日~9月5日

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