チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

日曜美術館「壁を越える〜パレスチナ・ガザの画家と上條陽子の挑戦〜」

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83歳、パレスチナへのおもいを胸に描き続ける画家上條陽子。

死の絵から生きる絵の世界へ。イスラエルの爆撃により、多くの死者を出したパレスチナガザ地区

高さ8メートルの壁に囲まれた自由のない世界で不屈の精神で描き続ける画家たちの姿。

爆撃の1週間前に撮影した映像。死と隣り合わせの中、いとうせいこうが衝撃を受けたパレスチナの絵とは?

全国各地を回るパレスチナ画家の奇跡の展覧会。上條陽子、執念の新作に挑む!

 

美術展ぴあ2021 (ぴあ MOOK)

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  • 発売日: 2020/12/22
  • メディア: ムック
 

 

日曜美術館「壁を越える〜パレスチナ・ガザの画家と上條陽子の挑戦〜」

放送日

2021年6月6日


パレスチナガザ。

先月イスラエル軍による激しい空爆で町が破壊され、250人以上が命を落とした。

その半数は一般市民だった。

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パレスチナの現場に心を痛め、日本で制作を続ける画家・上條陽子。

たまたま訪れたパレスチナの過酷な状況に衝撃を受け、20年以上その悲劇を表現してきた。

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2年前、そんな彼女のもとにガザの画家から50枚近くの絵が届いた。

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「本当に絵が届いた時は皆で喜びまして、本当に奇跡が起きたねって」

70年以上戦火にさらされ続けてきたガザから、日本に送られた絵。

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絵はどのように生まれたのか。

私たちは爆撃の一週間前までガザの画家たちを取材していた。

ガザと上條陽子。

悲しみといのちの絵に迫る。

 

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肉体が織りなす不思議な線。

音楽に身を委ね、自由に舞うダンサーの予測不能なリズム。

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その軌跡は一枚の紙の中に即興で描かれ、奇妙な形を生み出す。

連続写真が一枚になったかのような見たことのないデッサン。

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画家上條陽子。

84歳。

一般的にモデルを使うデッサンは静止してポーズをとってもらう。

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しかし上条が描くのは写実とは異なる別の何か。

「ちょっと自分で今、ちょっと手が動くままに描いてるから、何を描いてるんだかさっぱりわかんない。自分でもわかんないんだけど。いろいろな動きが色々な形になっていく。なんか決まっちゃう形じゃなくてなく、動きの中から形を捕らえてくってのが面白い。人間は動いているわけで、生きてるって事は動いていること。死ぬっていうのは動かないことで、やっぱりその動きの中から生命というかを捉ええたい」

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描いてきたデッサンを自宅のアトリエに広げる。

「こんなとこに足があったり、手があったり。これは人間であるかもしれないけど、昆虫でもアメーバでもウイルスかもしれない生命体なんです。私にとって。切り抜いてちょっと違う空間においておきたい」

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そういうと、次の瞬間デッサンを躊躇なく切り始めた。

一心不乱にはさみを入れていく。

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「穴を開けた別の空間。空間空間あの違う空間ができた。そこが私の楽しみ。面白いなーと思って自分で面白がって」

上条にはもう一つ重要な仕事があった。

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ある画家たちの作品を託され、管理・保管している。

いくつもの段ボールに入っているのはパレスチナのガザから送られてきた3人の画家の作品。

上条は仲間とともにガザの画家の展覧会を日本各地で開いている。

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「奇跡といわれて。このこれは私たちが貼ったんですけど、この枠を作ってキャンバス

私はりましたけど。絨毯で巻いてこのキャンバスだけ送られてきました。作品としてあれするとなくなる。没収される可能性もあるから絨毯にしたと思います」

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2018年のクリスマスにガザから発送されたおよそ50枚の絵。

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こうした手段でなければ作品を外へ持ち出すことができない、ガザの厳しい現実があった。

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「どうなっているかというと、壁が8メートル×2メートルの壁に覆われて、これがエレッツ検問所。これはエジプトのシナイ半島です。こっちがイスラエル。こちらが地中海ですね。だから海からこっちもイスラエルが管理されてるから、逃げることはできないし、ここは砂地です。こういう所に200万人もいるわけです」

 

1948年。ナチスの迫害を逃れたユダヤ人がパレスチナへ向かい、新たにイスラエルを建国。

パレスチナはこれを認めず抵抗。

しかし圧倒的な軍事力でイスラエルパレスチナを次々に占領。

70万人以上が故郷と家を失いパレスチナ難民となった。

そしてガザに流れ込んだ。

その後も投石などで抵抗を続けるが、イスラエルは占領地を拡大。

パレスチナの土地はガザとヨルダン川西岸のみとなり。

ガザはイスラエルによって周囲を壁に囲まれた。

逃げ場がないため、屋根のない監獄と呼ばれるようになった。

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上条が初めてパレスチナを訪れたのは1999年。

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62歳の時。

アーティストとして招かれた。

エルサレムやガザでグループ展を開催。

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その時、取り分け方の悲惨な状況に衝撃を受けた。

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「ガザから出ると出所した気持ちになるんです。私自身何も悪いことしないで入っていったんだけど、ガザの検問所出るとやっとでべられたっていう感じ。なんか本当に出所したような気分になって、でも周りいっぱい銃持った兵士がいっぱいいるんのね。何で銃持ってる人たちが、誰のために銃を向けるのって思うし、私なんか何も悪いことしてないのになんか非常に屈辱感って言うかね、よかった無事に出てた感じでした。そんなのおかしいでしょ」

 

過酷な状況下で生きるガザの人々。

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上条はその中でも懸命に絵を学ぼうとする若者たちと知り合う。

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「その時に出会ったのがソヘイル。私は絵具を持って行って、その絵の具を誰かにあげようかなと思って持ってたんですね。そしたら若者がいたので、この絵の具あなたって言ったらすごい喜んで、それからずーっと私、心の中にガザの若い人たちのことも忘れられないし」

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パレスチナの衝撃を忘れまいと上条が作った作品。

自由な未来を妨げる高い壁。

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帰れると信じて持ち出した家の鍵。

70年以上経った今も戻れないままだ。

自由を奪われたガザの人々。

パレスチナと出会う前、上條は40年以上独学で絵を描き続けてきた。

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画家の登竜門であった安井賞を41歳のとき女性で初めて受賞。

人間とは何か。

その答えを模索し描いた。

しかし受賞後、絵が描けなくなる。

「その頃はやっぱり詩を読んだり、本を読んだりして頭で考えて、人はどっから来たどこへ行くって、それが行き詰ってた」

答えの出ない哲学的な問い。

受賞のプレッシャーも重くのしかかった。

「本当に行き詰って描けない苦しい思いをしてるうちに、私は病気になりまして、耳に腫瘍ができて、聴神経鞘腫」

49歳の時耳の奥に見つかったガン。

医師から手術が成功しても視力を失い、手も動かなくなると宣告された。

しかし。

「眼は見えるし手も無事だったんです。よし今度元気になったらもう思う存分自由に描くっていう。よし、頭で考えるはやめた」

重い病を得て、生きる喜びに目覚め、再び筆を取った上条。

だが、パレスチナで目撃したこの世の不条理を前に、自分だけの生きる喜びの世界が消えた。

 

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結婚式で打たれた花嫁の姿。

その衝撃でブーケが飛んでいく。

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ドレスを形づくるのは戦争で死んだ人間一人一人の形。

切り抜いた真っ白い紙の欠片に上条は込み上げる感情を託した。

目をそらすことはできない。

パレスチナの悲劇を描く画家になった。

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今年5月、上条はガザの画家たちの展覧会を準備していた。

2年前に作品が到着してから日本各地を巡回してきた手作りの展覧会だ。

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「ガザには山がないんだけど、山の絵が多い。ソヘイル。これやっぱりあのなんだろう。心の中の、何か表したくてこれ山に託して作品描いてるのを感じるんです」

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一際目を引く木炭で描かれた作品。

薄いわずかな黄色を背景に激しくうねる黒の線。

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ガザにはないはずの山。

見るものにどこか不安と緊張を感じさせる。

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「イッサはいつも手足のない、あの本当に怪我した子供とか大人ばかり描いてたんですけど、日本にこの絵が到着した時びっくりしましたね。全部花の絵になってる。

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しかもガザにはあまりそれほど花がないのになんだか日本のベランダのようにいっぱい花がある。何故。

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ハワジリもすごい明るいでしょ。動物がみんなね赤やらブルーやら緑。それは何故って」

画家たちはどんな想いで作品を描いたのか。

 

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空爆の一週間前、日本に作品を送ってくれたガザの画家たちを取材した。

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ガザでの撮影は4月下旬から開始。

パレスチナイスラエルの対立が激化していた。

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これは爆撃される2週間前に撮影したガザ郊外の市場の様子。

イスラム教のラマダン・断食明けの祝祭に向けて賑わっていた。

しかしこの後、市場はイスラエルによる空爆を受けた。

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ソヘイル・サーレム。上条から絵の具をもらったあのソヘイルだ。

十八歳の時に抗議デモに参加して右足を撃たれ、今も骨に弾丸が残る。

ガザにはこれまで絵を展示する場所はなかった。

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ソヘイルは仲間とともにガザで初めてのギャラリー・エルチカを作った。

現在47歳。

結婚し5人の子供の父親だ。

家には製作のためのスペースがないため、しばしばギャラリーを訪れ描いている。

ソヘイルといえば黒。

ダイナミックに描いていくのはガザにはないはずのあの山。

繰り返し黒い山のシリーズを描き続けている。

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タイトルは《Our Land》

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「この作品を作ったのは2014年で、ガザに対する激して空爆の後でした。非常に激しい戦争で心理的に非常に大きな影響を受けました」

何度も繰り返されてきた爆撃。

2014年の激しい空爆の時、ソヘイルは辛い記憶を思い出した。

2008年に自宅が破壊され、結婚したばかりの兄が亡くなり、弟は重度の傷を負った。

新たな空爆の度によみがえる記憶。

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「私が思ったのは誰も戦争から逃れられないということでした。たとえ生き残ったとしても戦争の後名は何かが自分の中で壊れてしまう。大切な友達や兄弟や家族を失うかもしれない。その痛みは逸しよう続くのです」

 

ガザ中心部で暮らし毎日窓から外を眺め、インスピレーションを得ているという画家。

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ラーエド・イッサ。46歳。

日本に花の絵を10枚も送ってきたイッサ。

そのモデル達が小さな窓辺にいた。

しかしこの場所で絵を描けるようになったのはつい2、3年前。

2014年の空爆で家を破壊された。

5年かけて生活を立て直し、今は妻と四人の子供と暮らしている。

上条が不思議に思っていた、ガザにはないはずの花。

育てていたのはサボテンなどの植物だった。

「私たちパレスチナ人はサボテンのようなものです。水を我慢し、空腹を我慢し、封鎖を我慢する。けれど私たちにも生活があり、文化があり、人生を愛している。日常を送っている。それを二本の人たちに伝えたくて作品を送りました」

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ムハンマド・アル・ハワジリ。45歳。

ハワジリの祖母も1948年に故郷を追われ、ガザに逃げ込んできたパレスチナ難民だ。

妻も画家で四人の子供を育てている。

動物好きなハワジリ。

自宅ではオカメインコなど40枚以上を飼っている。

かつてパレスチナの故郷では、人々はそれぞれの土地に家を建て、ロバやヤギなどとともに暮らしていた。

しかしガザは狭く土地がないためそうした暮らしは失われていった。

小鳥が鳴くこのアトリエで動物を描いているハワジリ。

彼が描きたいのはかつてのパレスチナの風景。

動物たちと暮らしていた頃の景色だ。

10年以上ずっと動画シリーズを描き続けている。

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ガザの画家たちの展覧会を訪れた人がいる。

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作家いとうせいこう

2年前いとうはガザを訪れていた。

国境なき医師団に同行し、戦争の被害にあった負傷者を取材。

ガザでの過酷な生活を目の当たりにした。

「明るい色で描きますね。すごいなあ。明るい色で描くこと自体が抵抗。政治的な文脈に引きつけて考え過ぎてしまっても良くないけども、実際にものすごいも抑圧されてるから。よくこんな明るい色出かけるなっていう。確かにこういう入り組んだ小山みたいなところが続くんですよね。ガザというよりは、テルアビブとかそれがつまりイスラエル軍が実効支配と言うか支配しているところの景色がずっとこんな感じで」

傘にはない山を描いたソフィール。

それはかつていたパレスチナの故郷の山を描いたのではないか。

アワ・ランド。

私たちの土地。

「描くってこと自体が何かであると言うか。さっきは抵抗だったけど、悲しさから少し逃れることだったり、一筆一筆の時間が彼らにとってはすごくたくさんの意味を持っているんだなーっていうのが分かる。分かると言ったら失礼だけど、それをこっちは慮りますよね。やっぱりねあの描かないでそのことをただ受け入れてたら文字が潰れてしまうような時に芸術家とか作家っていうのはそれを書くという行為において、何事か別の次元のものに変えている。そのこと自体が芸術とか文芸の、僕は根源的な力なんじゃないかと思うことがあって、それを感じます。書いていること自体が奇跡なんだ。言論の自由も犯されるし、移動の自由もね。デモの自由も。最低限の生活をすることを要求する自由もないし、でも心の中犯されてねーぞって言う想像する力は全然衰えてませんけどっていう、そういうユーモラスの尊厳をこのアラブの人たちから感じますね」

2年前。ガザの画家たちが初めて来日した。

ビザの申請から5ヶ月。

40ヶ所以上の検問を通り抜け、やっと実現した。

中心になって彼らをガザから外の世界に出したのは上條陽子だった。

「可能性2%とって言われて、しかもたとえ日本に来ても彼らが帰れる保証はないんですよって言われたんですね。知り合いから。でもそれはやってみなきゃわかんない。それこそそんなことがあること自体が問題提起じゃないですかって私は思いました。とにかくやるやってみよっと思って」

日本に到着するやいなや、ガザのことを伝えたいと三人は全国を飛び回り講演した。

メディアの取材にも積極的に対応。

そんな彼らと共に過ごすうちに上条の胸に思いもよらない衝動が生まれた。

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彼らの帰国直後、無我夢中で生み出した一つの作品がある。

これまで20年以上パレスチナの悲劇や死の世界を表現してきた上条。

それが大きく変化した。

「なんとかが爆発しちゃって、私いつも真っ黒い絵ばかり描いてたんだけど、なんかこういう赤い、なんか彼等のマグマを感じちゃったのかなっ私。自由が欲しいという欲求の強さとか日本へ行って本当に感じたって彼等言ってましたから、そういう彼等の思いがこの爆発した」

悲劇のパレスチナを吹き飛ばす程のエネルギー。

理屈を超えた大噴火が起きた。

そして2021年春。

84歳の上条が新たな作品に挑んでいる。

今表現したいのはガザの画家たちから感じた強い生命力。

ダンサーの動きを思うがままに描いたデッサンを切り抜き、色塗りここまで変化させてきた。

「カラフルでしょ。全然別のものになった。イメージは生命。草とかそれを表現したものが頭の中にはある。だから命。毎日玄関開けると雑草が生えていて、その生命力にちょっと圧倒されてるの私。本当になんかね僅かなコンクリートの脇にほんとわずかの土があってもね。そこから芽が出るのね。草の姿になって。何で芽が出るのかなと。土ってそんなにすごいのかなあと思うんですよ。それはみんな同じ地球の中に地球の上にいるわけでしょ。彼等はそのビザ5ヶ月もかけてね。でも彼等は本当に幸せにも出てこれたわけですよ。しかも私たちが保証人になったから出て来れたけど、一般の人は本当に出てこれないね。それっておかしいでしょ。草なんか国境はないもの。草も」

帰国したガザの画家たち。

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日本へ花の絵を送ってくれたイッサ。

画材が手に入らない中でも新たに作品を作っていた。

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集めるのは石。

海辺で拾い集めた平たい石に人々の肖像を描いた。

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看護師やジャーナリストなど皆戦争で亡くなった人達。

石はパレスチナ人にとってイスラエルの占領に抵抗する武器であり不屈の精神の象徴だ。

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一人一人の生きた証。

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「2014年にガザに対する激しい攻撃があり、私は家とアトリエを壊されました。しかし、パレスチナ人はこうした災厄ゆ虐殺や破壊に直面することに慣れていて、力強く生きていくために闘うということにも慣れています。

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作品を失い、心理的にもひどい状況にありましたが、あくまで描き続けることを決意したのです。

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動物の絵を書き続けているムハンマド・アルハワジリ。

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彼もまた、画材がない中で作品を生み出していた。

使ったのはスパイス。

シナモン、カレー粉、カカオなど家庭用の香辛料だ。

「自分で発明した材料を使うとき、私は誇りに思います。なぜならその瞬間、自分が生きている状況に打ち勝ったことになるからです」

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ガザの人間は力強く負けずに生きています。力強さがなければ生きられないからです。

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生活に必要なものを失ったにもかかわらず、道を歩けば人々は微笑んでいます。困難な状況でも意志の力があり、不屈の姿勢があることの証拠だと思います。

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そしてソヘイル・サーレム。

戦争の痛みから逃れることはできないと語っていた彼も、また作品を生み出していた。

お金がない中で使うのはペットボトル。

作ったのは一艘の船。

友人たちとともにガザの前に広がる地中海に漕ぎ出す。

波間に揺れ壊れそうな姿にガザの今を重ねた映像作品だ。

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5月初旬上條の作品が完成しようとしていた。

パーツに分かれている一枚一枚の絵を即興で並べていく。

上條の作品はその場で初めて出来上がる。

二度と同じ展示はない。

躍動するダンサーから生み出された200枚以上の雑草たち。

「これはガザを作った。こっちが地中海。こちらがエジプトシナイ半島

最後に花で彩る。

自宅の庭に生えていたヒナゲシ

「彼たち本当に凄い生命力持ってきてるし、私もこれは雑草と言うか、そういう草花の生命力をちょっと表現して、しかも国境のない壁のない刑務所のない自由な形を作りました」

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「つい最近爆撃されたわけですね。お兄さんなくなったり弟さんあれを怪我したり。それそれでもね、やっぱりあのソヘイルだけでない、イッサだって爆撃受けてる。でもほとんどの人でキズ受けてない人いない。それでも頑張って帰って生きてるじゃん。そういう生命力の強さ。そういう間近に死があるから自分は生きたい。自分は生きるぞっていうとこあるんじゃない。お姉さんやら弟やら家族が皆死んだ。自分は残された。自分こそその分まで生きてあげようってそういう思いかもね」

11日間に及んだ戦闘は5月21日に停戦。

3人の画家は無事だった。

しかし多くの人々がまた犠牲になった。

彼らは今日も描き続ける。

 

取材先など

 

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

 

書籍

 

 

 

 

展覧会

 

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