チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

新美の巨人たち 「横浜ベイブリッジ~大野美代子の橋梁デザイン~」

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橋梁デザイナー大野美代子が手掛けた『横浜ベイブリッジ』は、橋の上からでも遠くから眺めても美しい、大野デザインの真骨頂と言うべき作品。

ところが大野が土木の世界に飛び込んだ1970年代は、まだ土木業界にデザインという概念がありませんでした。

そんな中なぜ土木の世界に飛び込んだのか?

いかにして“橋の美”を切り拓いたのか?

今回は八木亜希子さんと共に、大野デザインの橋をめぐりながら、その美しさ・優しさに迫ります。

BRIDGE―風景をつくる橋

 

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大野 美代子(おおの みよこ、1939年 - 2016年8月)は、日本の建築家・橋梁デザイナー。株式会社エムアンドエムデザイン事務所(M+M Design Office)の主宰を務め、橋梁や道路、その付属施設の景観デザインなどを手がける。愛知県立芸術大学東京工業大学の非常勤講師を歴任。

 

美術の窓 2021年 1月号

美術の窓 2021年 1月号

  • 発売日: 2020/12/19
  • メディア: 雑誌
 

美の巨人たち 横浜ベイブリッジ~大野美代子の橋梁デザイン~

放送:2020年6月12日

 

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深い渓谷の中に力強く誇らしげな橋。

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鬱蒼とした森の中に忽然と現れた巨大な橋脚。

まるで神殿のように。

この橋も。

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こんな歩道橋も。

手がけたのは一人の女性です。

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橋梁デザイナー大野美代子。

橋の美を切り開いた人です。

誰もが知るこの橋もまた大野のデザイン。

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夜の港に煌く横浜ベイブリッジ

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本日は八木亜希子さんが大野美代子の橋梁デザインを巡ります。

それは驚きと感動に溢れた物語。

では渡ってみましょうか。

横浜ベイブリッジ。ドライブには最高の橋ですから。

「海の上で気持ちいいですね。上に伸びてるのね。なんかこのまま飛び立ってしまいそう」

 

 

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今日の作品。大野美代子デザイン横浜ベイブリッジ

竣工は平成元年です。

全長は860メートル。

吊り橋の一種で斜張橋という形式です。

高さ172メートルのH型のタワーはシャープに伸びやか。

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海上55メートルを走る道路は上が首都高速湾岸線

下は国道357号の二層構造になっています。

港のゲートのようにそびえるこの橋はどの角度から見ても実に美しい。

「横浜の学校に通っていた頃は、まだベイブリッジもできてなくて、今こうやって改めて見ると軽やかな橋だなーっていう風に思いますね」

橋は技術と汗の結晶です。

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調査から設計建設まで時に何万人もの人々が関わります。

技術的な条件や決められた予算の中にいかに全体を美しくまとめるか、それが橋梁デザイナー大野美代子の役割です。

その原点にはミリの仕事。

 

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大野美代子は1939年、岡山県に生まれました。

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絵を描くのが大好きでなんと小学5年生にしてこの腕前。

勉強も好きだったので将来はアートと技術が融合した建築の仕事がしたいと思うようになります。

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「しかし技術者だった父の引退に合う当時は女性だ建築現場に出入りしにくい状況であったためもう少し細やかなことをやれと言うのである」

造船技術者だった父は建築や土木の現場に女性が受け入れられないことを身をもって分かっていました。

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美代子は細やかなデザイナーを目指し多摩美術大学デザイン科に進みます。

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講師には剣持勇

ラタンチェアやヤクルト容器で知られる日本のインテリアデザインを牽引した伝説の男です。

剣持曰くデザイナーは技術に精通した芸術家でなくてはならぬ。

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剣持の教えを胸に美代子はインテリアデザイナーの道へ。

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使い勝手は良いか。

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使い心地はどうか。

大切にしたのは使う人の気持ちに寄り添うこと。

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ある精神科病院のためにデザインした椅子は後にワーキングツールとして一般に販売されロングセラーとなりました。

安定感があり持ち運びも楽な形。

どこに触れても角がない優しい触り心地。

ミリ単位の心遣いこそ大野デザインの原点なのです。

この椅子が誕生したのと同じ1977年。

巨大な歩道橋が完成しました。

大野美代子がデザインを手掛けた最初の橋です。

ミリからキロの世界へと飛躍した彼女が目指したものとは。

 

 

「形がどうなってるんだろうって、一見よくわからないからいろんなところから登れるんですけど、ミニ高速道路。インターチェンジみたいな感じになってますけど」

東京板橋区高島平一丁目。

蓮根歩道橋は絡み合うように交差する道路を無理に横断する歩行者の事故が多かったため建設されました。

上から見るとこんな形をしています。

そこには意外なものが。

当時、橋梁デザイナーという職業はなく、橋は土木技術者の設計図通りに作られました。

しかし蓮根歩道橋を計画した首都高速道路公団は。

「ヨーロッパに留学する人がいてそういった時にヨーロッパの橋を見ると必ずデザイナーの協力が入ってるんですね。土木エンジニアのデザイナーじゃなくて専門のデザイナーが必ず世話になってる。それが大事だと」

蓮根歩道橋を誰もが渡りたいと思える橋にするためにデザイナーが必要でした。

そこでヒューマンスケールの仕事をしていた大野が選ばれたのです。

お年寄りや子供が歩きやすいスロープなど、構造にも工夫が凝らされていますが、大野が任されたのは照明や床など橋の上のデザインでした。

「ここにベンチがあるんですね。これは助かりますね。ほんとここまで来ただけでちょっと重い荷物とか持ってる時一仕事ですもんね」

ベンチの設置は大野の提案です。

ところが道路の延長である橋にベンチを置くなど前代未聞。

「会議では誰が利用するのかとの問いに老人そして妊婦と答えた途端男性諸氏から笑いが起きた」

土木の世界に飛び込んだデザイナー。

しかも女性となれば強い拒絶反応がありました。

それでも大野は持ち前の忍耐強さと大らかさで信念を貫いて行きます。

竣工直後の様子です。

カラフルでリズミカルに舗装された上に楽しげな子供達。

あのベンチには。

一休みするお年寄りの姿がありました。

みんなのために必要でなくても誰かのために必要なものが。

蓮根歩道橋は日本で初めての誰かの為に優しい橋。

そして1980年。

大野のもとにビッグプロジェクトが舞い込みます。

日本最大級の斜張橋・横浜ベイブリッジ

交通渋滞を解消するバイパスとして計画されたこの橋を、横浜市は町のシンボルにしたいと考えていました。

横浜市都市デザイン室の桂有生さんにお話をうかがいます。

「どこまでが建設で決まっていて、どこからがデザイナーの仕事なんですか」

「一番最初に決まっているのはどこに柱が落とせるか。それによってふさわしい構造をどれだったらいいかっていうの選んでいくと。そっから先は大野さんも入られて頭はどういう形で会ったら美しいのかとか潜って気持ちよくくれるのかとか」

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ベイブリッジほどの巨大構造物になると構造上の携帯やタワーの高さは決まっています。

大野が施したデザインはケーブルの張り方。

扇状にすることで桁を潜る船の圧迫感を和らげました。

さらにタワーの先端を細くしてスッキリと。

そして色も港に入る白に決めました。

風が吹いた時どうなのかとか北の端がやっぱりどうしてもいろんなパーツが付いてすごく複雑になっていたりだとか、無骨になっていたりとかするのをハルカストっていうかですね。何もしてないかのように出たりするのが一番難しいと思うんですね」

青い海と空のあいだに研ぎ澄まされたシャープなフォルム。

ベイブリッジは皿横浜のシンボルとして思わぬ効果を生むことになるのです。

それは家ほど

首都高速中央環状線荒川沿いに架かるかつしかハープ橋は大野美代子が横浜ベイブリッジと同時期に手がけました。

タワーの色は太が選んだ白。

しかし当初は航空法により赤白の縞模様と決められていました。

そこで交通局に掛け合うとただし特別な理由があるときはこの限りでないってついたら最後にトレパン殿方にこの特別な理由ってどういうことですかって起きたら首都高がひゃく階駄目だけど例えば地元の総意とかって言葉が出たんですね。

大野のデザインのために周辺の住民およそ2千名の署名を集め、この色を実現させたのです。

橋桁の色もコーラルピンクに決まっていたものを交渉の末水辺になじむブルーグレーに変更しました。

この先50年以上にわたって人々の前に横たわる巨大な構造物として橋は眺めるにもわたるにも気分の良いものであってほしい。

周辺環境に調和しながら美しいのは当然のことである。

横浜ベイブリッジから車で三時間。

今昔のところにこんな秘境があります。

横浜市唯一の渓谷陣ヶ下渓谷公園です。

そんなところがこう横浜にあるってご存知でしたか。なんとこの渓谷の中、大野美代子の橋梁デザインが見られるのです。

ちょっとずつ見えてきてるんですけれどこれです。大自然と一体となってますね。もうちょっとが絡んで

鬱蒼とした森の中に忽然と現れた巨大な柱。

一体これは。

 

 

 

 

はち大野美代子がデザインした神がした高架橋です。

太いコンクリートの柱はまるで巨大なエリンギのよう。

均衡を保って並ぶ姿は神殿のような荘厳さ。

橋脚の上に片側三車線の道路が走っています。

日差しを警告に届けるためにあえて上下線を切り離しているのです。

着物のように柔らかな曲線を描いて橋桁と一体化した橋脚はドイツ語でキノコを意味するピル

驚くのはその表面フォレオコンクリートを流し込む時の形の方が綺麗で来てるので

木目とかですねそういうのが映るんですね。

コンクリート川に突き板で曲面の形を作るのはとても職人泣かせの作業でした。

でもそうすることでツタが登りやすくなり自然とも良く馴染んで行くので

周囲の環境との調和こそ大野美代子が最も大切にしていたことでした。

その究極の形がこのすけ熊本県上益城郡山都町深さ140メートルもの緑川渓谷にかかる鮎の瀬大橋です。

山と谷が織り成す絶景を生かす為、大野が考え抜いたのが左右非対称のユニークなフォルム。

左岸側はメタリック。

オレンジのケーブルがアクセントの斜張橋型タワーの内側は角を落とし渡る人のために優しさと柔らかさを演出しています。

一方外側は気の利いた直線でくっきりと輪郭を描きました。

右岸では深い谷に鋭く切り込むルイージ客緊張感のある造形がダイナミックな地形を強調しています。

なぜこれほどの橋が必要だ

鮎の瀬大橋の建設は深い谷により町と分断され陸の孤島と呼ばれていたすげ地区の住民の悲願でした。

谷を越えるには徒歩で2時間。

車でも30分以上かかっていたのです。

電話やりゃの調教病人が出たりします。

と書いた絵ですねブロックの若い人たちが町の病院まで運んでいたというような話も聞いております。

目は途中で命が切れたということもあったそうですね。

鮎の瀬大橋の開通は地域の住民総出で祝いました。

命の架け橋が生まれたと街と街をつなぎ人と人をつなぐことこそ橋の使命。

風景に根を下ろし人々の日常の一部となる橋は美しくいつまでも愛されるものでなければならないのです。

では横浜ベイブリッジの場合は。

1980年代古い埠頭や造船場整備士再開発して生まれたのが横浜みなとみらい21と呼ばれる家。

赤レンガ倉庫や横浜ランドマークタワーを有する人気観光スポットです。

実はこのみなとみらいとベイブリッジには深い関係があるそうで

家と未来の埋め立て新しく埋め立てて作られた部分の海と年生のところは曲線を描いて今証明みるとあら不思議必ずベイブリッジが見える街のシンボルなんで

みなとみらい自体がスイッチを見るために出たんよされていましたために

おデブちゃんは美しくかっていう風に街づくりが立っています。

港のシンボルとなる横浜ベイブリッジはあらゆる場所から人の目に入ります。

どこから見ても美しい橋でなければなりません。

五十音その風景の中にそして大野が最後にかけた橋は一体どこに。

 

 

大野が最後にデザインした橋はふるさとの岡山県にあります。

備前市日生町飯島を結ぶ備前ハートひなせ大橋で

公募で選ばれた名前には橋への愛と感謝が込められています。

故郷にかけた橋を渡るように大野に翼はご年前

今ご号の多摩美術大学では大野美代子の仕事を見つめ直す研究が行われています。

その成果を発表する展覧会はまもなくです。

夕暮れの横浜ベイブリッジ

やがて光をまた全然違いますね。夜だとねライトアップされている。人の心を照らすように人の温かみを発しなのに感じる。すごく感じるなぁっていう風に

その辺りがそこにある橋は景色です。

そこにある橋は暮らしでもあります。

だからこそ美しく優しく真心を込めて。

大野美代子デザイン、横浜ベイブリッジをつなぎ思いを景色をつなぐ架け橋となる。

 

 

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