チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

日曜美術館「七転八虎~変貌する画家タイガー立石」

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奇想天外なコマ割り絵画を生み出したタイガー立石。時の流れをも平面で表しました。

油絵にとどまらずジャンルを超えてなお七転八倒し続けた立石の魅力に迫ります。 

 

 

 

美術展ぴあ2021 (ぴあ MOOK)

美術展ぴあ2021 (ぴあ MOOK)

  • 発売日: 2020/12/22
  • メディア: ムック
 

 

 

 

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日曜美術館「七転八虎~変貌する画家タイガー立石

放送日

2021年6月13日

 

取材先など

入り口で待ち受けていたのはネオンで彩られた富士山でした。

作者の名は本名立石紘一、またの名をタイガー立石あるいは立石タイガー。

1960年代、高度経済成長真っ只中、ポップアートの世界に突如現れ、流れゆく時間を表現しました。

かと思えば、

「こんなの笑えます。メルセデストンボ。めちゃくちゃです」

若手芸術家として注目された矢先、突然ギャグ漫画家に転身。

その2年後。

イタリアに渡り奇想天外なコマ割り絵画を生み出します。

さらに工業デザインのイラストレーター。

絵本作家。

ひとつにとどまらず絶えず変わり続けた立石の謎に迫るのは画家の山口晃さん。

「ぐっと掴まえようとすると、にょろっと出てくる感じ。なんかすごい楽しくなってきたのにごめんなさい」

立石の手にかかれば誰もが知る富士山も姿を変えます。

なぜミクロ富士かって。

ほらこの中に。

富士山へのドライブと思いきや、いつのまにか富士山が車の中に。

「ここを押さえてグニャッと入っちゃう感じですかね」

「正直言って画家にも漫画家にもイラストレーターという職業にもなりたくない。絶えずアナーキーでいたい。そうやってる時が一番自分を正しく保てる状態なんです」

証言を交えながら七転八倒しつづけた立石のミラクルワールドへようこそ。

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昭和39年秋の東京はオリンピック一色に塗りつぶされました。

今から57年前。

東京オリンピックの景気に沸く東京で、立石は突如美術館に現れました。

経済が優先され確立化が一気に進んだ時代。

22歳の立石は自ら描いた大きな油絵を高く掲げ、群衆の前に立ちはだかります。

路上歩行展と銘打ったゲリラ的なパフォーマンスで名乗りを上げました。

この年に描いた立石紘一のような。

荒川修作ら若手前衛芸術家7人の展覧会に選ばれました。

立石紘一の名前の上には共同社会の文字。

手塚治虫のキャラクターに旭日の富士。

当時流行った栄養ドリンクのマークをコラージュした作品です。

「ちょっとポップな感じもしますけども」

「タイトルが強烈に持って来てますんで。活きのいいピチピチした人達が出してる中で、この頃から彼はもう彼は、モティーフをサンプル版として持って来てるんですね。サンプリングして、ヒョウタンツギですよね。自分のなんかイメージというよりは、取捨選択したものの組み合わせ方で物を作っている」

「立石紘一って書いてるけど立石紘一の主観性みたいなのをなんか表現するって感じじゃないということですか」

「自覚できる自我との距離みたいなのもうを俯瞰して何かやりたいんでしょうね」

 

自覚できる自我。

それは生まれ育った故郷の記憶。

その自我を読み取るヒントが実質燃費の中にあります。

1993年の個展の際に自ら書き記したものです。

  

昭和16年太平洋戦争始まる。

福岡県田川市の炭住街に次男として生まれる。

父は炭鉱夫。

黒いダイヤと呼ばれた石炭。

白黒の風景の中幼少期を過ごします。

4歳。食料難。

墨で塗りつぶした教科書をもらい余白にパラパラ漫画を描く。

玩具などなし。

7歳。巡回映画でディズニーの短編映画。

色彩にショックを受ける。

早朝映画を日曜ごとに見る。

戦争の記憶とアメリカ映画のオープニング。

9歳。駅を見下ろし大きな木造商店に旭日のペイントを発見して感動する。

11歳。手塚治虫のSF漫画など最も明るい少年期を過ごす。

自らの記憶を派手に並べた大胆不敵な自己紹介でした。

 

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同じ年に描かれた「汝、多くの他者たち」

流れゆく時間を一枚の絵に書き込んだこの作品を、立石は二次元でのリアリティを獲得した最初の作品と位置づけました。

「平面的には見えますけど」

「そうですね、パッと目に付くストロボ写真のような表現ですね。私たちがふっとそれを受動的に捕まえようとした、それがスライドして逃げていく感じ。この地面のゆがみは人が目を振った時の歪みですから、分かれていたのがちょっと引っ張り込まれる。こっちの視覚が少しこう、なんてんでしょうね球面に分かれる。パッと見た瞬間に残像ではなく、限りなく実態になっていく。捕まえるというか、どじょうすくいですかね。捕まえようとするとにょろっと出てくる」

 

山口さん地面面だけでなく赤い欄干にも視覚トリックを見つけたようです。

「欄干の前に人がいる。これがないと自然なただの窓なんですけど、これがあるって事によってただの奥行きじゃなく見る人をこの絵の表面に張り付ける。タイトルに《汝、多くの他者たち》ですからね。あなたの中に多くの他者がいるって事」

世界では不穏な空気が漂います。

保有国となった中国では文化大革命が起こり、アメリカはベトナム戦争は泥沼化。

米ソ冷戦の対立は宇宙開発に及び、人類は人工衛星を打ち上げました。

そんな時代の空気を俯瞰した65年の作品。

明治維新から百年を前に立石が見た日本の姿。

発展する中国をイメージした衛星から見えるのは逆さまの日本。

その大地には平和になりきった日本人を揶揄するようにもパチンコの釘を打ち込みました。

66年、大ヒットした映画と同じタイトル荒野の用心棒。

砦の向こうにはアメリカの白人至上主義者の一団。

かたや国家元首を掲げた虎の群れが待ち受けます。

黒澤明の映画を許可なくリメイクした荒野の用心棒。

立石は黒澤映画の主人公が両者を見下ろす構図で描きました。

若手実力派として注目されていた立石紘一。

しかし突然、油絵の世界から姿を消してしまいます。

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立石が次に現れたのはマンガの世界。

それもナンセンスギャグ漫画です。

「どうせやるんだったら、いっそポップスということで、じゃあマンガを始めよう」

立石が描く少年雑誌の連載は大人気。

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さてここでこんにゃろクイズ。

第2問。この絵はどこが間違っているか。

答えは下の欄にありるれろ。

間違いを探すよりは正しいものを探した方がいいんじゃないぬねの。

「スカンクーペイエローっておならが黄色だからスカンク。めちゃくちゃです。しょうもないこと楽しんでる感じです」

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これは後援団体がちょっとおかしな、モーターショーの一コマ。

新しい車のアイデアです。

 

「内発性をこの人は絶対に無視しないしないんだ」

「笑っちゃうなーとか思って」

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ギャグ漫画界のレジェンド赤塚不二夫さんも立石の発想に触発されたお一人。

「30年ぐらい前に作った作品なのですよ。彼と僕が考えたキャラクターなんだけど、すごい奇想天外な顔が出てくるじゃないですか。これなんか便器だよ。武蔵坊便器。そういうの考え付くというのはすごいアイデアだった。人間の顔っては普通の顔を少し目をずらすとか、眉を下げるとかその程度じゃない。違うんだよ。なんか持ってくるんだよ。いろんなの。こいつを顔にしたらどうかなとか。機械とか。そういうところがねすごかったなあ。それでも顔が変わってるんですよ。バカボンとかね。後のマンガ。タイガー立石のの影響で」

漫画家となった立石は、1967年。

本名からタイガー立石と改名。

自筆年譜によると。

「純粋美術と漫画やイラスト、デザイン映画などの融合を考え、タイガー立石というペンネームにする」

「マンガの天才って言うかマンガですけど、普通に想像するようなマンガと違ってより絵画に近いんでは」

「その辺が彼の中ではどうかわからないんですが、全て分けたかったとは思うんですが。絵画のようなマンガを描きたいとは思って思ってなくて、マンガの時はマンガを描くって耽溺すること。その耽溺が彼の場合は構造を見せている。彼の中では綺麗に分かれてたと思うんですけど、なんかをやって次に行った時に否応無く前のことが次のことにも響いてくる」

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約束事がないマンガの世界に魅せられた立石はセリフのないナンセンスギャグを次々と発表します。

言語を伴わない立石のマンガはフランスのサブカルチャー雑誌の常連となりました。

革命の最中のキューバから、包囲網をかいくぐってファンレターが届くほどの人気ぶり。

マンガを世界に知らしめた先駆けでした。

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「一気に引き込まれちゃうんですよね」

若い頃から立石作品のファンだというグラフィックデザイナーの松本弦人さん。

学生時代に買い求めた絵本です。

「一枚の絵が上品な漫画の一コマにしか見えないって言う台詞は名言だなーって思いますよね。タイガーさんの」

2年前、松本さんが手がけた本。

憲法の条文と戦後のアート作品を組み合わせたこの本に立石作品も登場させています。

「すごい大事な条文がある。23条の学問の自由はこれを保障する。学問の自由はこれを保障する。めちゃかっこいい。超然としていて、当たり前のことを超然と言っていうこの姿勢が素晴らしく、かっこいい。年取ってるんですけども

何かでもこのトラ自身もすごく超然としていてこれは会うなんですけど何かを学んでいる虎のように。だからまあ共同の逆像はそもそも虎は水に映ってる。自分で言うのも認識するのか。作品って何かこう全部が、賛成の反対なのだ的な、本当になんてありえないくらいの力。でも奥に本質があるからちょうどいいっていうか」

連載の依頼が次々と舞い込み、締め切りに追われる日々。

そんな時。

「プロとして成り立っていたが段々収入増大。売れっ子になりそうな危機を感じて海外移住を考える」

1969年。

27歳の立石が降り立った地はイタリアミラノ。

「何事もそれになりきるのを良しとしない性格のゆえか、哲学か。一切を捨ててイタリア移住を決意し実行」

イタリア語も話せず知り合いもいないこの街で制作を始めます。

「白紙に戻しまた絵を描き始める。画面を分割しストーリー性や時間的要素を取り入れた新絵画を開発」

立石はこの新しい表現を、コマ割り絵画と名付けました。

「これはなんか漫画みたいな、絵がそのものがちょっと漫画みたいにコマ割りがあってナンセンスですよね」

確かねこれはやっぱりこんなんこれが母が最初にあっていいんだと思うんですね

約束の時間と題された一枚。

12時前、人間の体を脱ぎ捨てた男の首から生え出る白い物体。

白い物体がほうぼう集まり、12時に円盤に向かう通りとなっています。

「コマを割ってある種の時間性というものの新しさと言うか、芸術に対しての異議申し立て的な意味を持ち得たんでしょうね。東洋の人間って絵が止まっていると思っていない。高校生くらいの時西洋絵画見た時に、あの止まってる感じは何なんだろうと思った時があって、明日花高生用の対戦メガ重要なそういうバロックルネサンスの絵見るとものすごく止まってまんですね

ああ自分が書くと動いちゃったやん。それが何か面白い

その感覚は彼はそれをミラノに行って堂々と約束の時間をかぶってあるか

破ると言われそれを小股一足飛び自分から見下ろしたといったところ」

ミラノではシルクスクリーンと出会い、表現の可能性がさらに広がりました。

「僕の敬愛する星新一氏は早くから完全な無の状態より黄金の小編を作り出す得意なノウハウを会得され、結果として千を超えるショートショートを生み出された。僕も常々視覚的な手法であらゆる発想をショートショート的に表現できないものかと考えていました」

地平線の向こうから伸びた黒い線が広がっていきます。

その線が地上を覆い、地面の中へ。

地面がマス目に浮き上がり、どんどんどんどん。

ついに地上から宇宙へ。

キュービックワールドと題された立石のショートショート

こちらでは月に割れ目が入ってぐるぐる。

斬新なコマ割り絵画は瞬く間に注目の的に。

イタリアだけでなく、パリやニューヨークでも個展が開かれました。

一方でイラストレーターとしても人気を博します。

独創的なデザインで表す医学辞典。

地質学の辞書。

建築、日用品と引く手あまた。

山口さんある図鑑のためのイラストが気になるようです。

「彼は意図していないのですけども、たまらんなあと。離れてるから憧れちゃって、好きみたいなのもあるかもしんないし、ちょっと近いからビビッとくるってのよくあると思うんですが、気持ちいいですね。すごくこう画面に緊密感が出てるんですけど、完全に意識が別段で、これもそうですから。家に帰ってあるようでいてすごくこうレイヤーが長そうになって、ちょっと彼は意識的なものってんのか味って呼ばれるようなフレキシビリティのある部分を排除したい。カラッとした乾いたものだけで組み立て、味に対しての注意深い排除性っていうのはなんか、割と最後まで味を排除するでも無味乾燥ではないんだよっていうようなところからこうはい結構です。多分排除したいタチなんじゃないかってな思うんですね」

 

ミラノに移住して10年目のダイアリーが残されています。

週替わりのページの右半分にはその日に手がけた仕事がびっしり。

左側には予定と共に、徹夜の文字が増えてきます。

イラストの仕事はひっきりなし。

自作を制作する時間は年々少なくなっていきました。

イラストレーターとして仕事。収入増える。編集長より若手を雇ってイラスト会社を作るように勧められる。イラストレーターや経営者になることに自己危機を感じる」

1982年帰国。

ミラノで培った13年の仕事を一切捨ててしまいます。

移り住んだのは人里離れた古い民家。

ちょうどその頃知り合い交流があった人がいます。

10年前に立石の作品集もデザインしました。

「祖父江です。タイガーさんを形にするとこんな形かなっていう。こちらが表紙でございます。と思ったらこちらも表紙でございます。どっちがどっちか分からなくて、タイガーさんの虎でもあるし、逆にするとアートになるし、まあそういういろんなことが同時に決めないまますぐっていうところがタイガーさんらしいんじゃないかと思って、色表紙になってます。一応私の表紙はこっちなんですけれども、めくっていくと途中で漫画と言うか、作品が所々に入れてるんですけれどもタイガーさんの手元に、上と下がわからなくなる作品が多いんで、これですね。車こっち向きだけど風景はこっち見てるんですね。こう見たくなると思うんですが、見たときに間違ってページをめくったら准看学校行くと逆順だけど特には気にしないで

こちらお過ごしのつもりで囲った人は

振り返ってるけど

ミラーになっているタイガーさんて普通であることに対してなんか満足しないところはあるような気がするから、へそまがりであり続けるっていう感じですね」

へそ曲がりな作家の意思を汲んでプロフィールもぐるぐる巻き。

立石の世界観が本のデザインでも再現されています。

「うまいはずなのに、わざとそこまで甘くないか

肩もしてるような気がして器用なんですね

だからみんなに来を尊敬される

人にはなって

やるもんかっていうつもりで

やってたんじゃないかなって

勇気が出るのね

僕も大好きな作品なんだけれども、特にこんなにおかしくしなくても大丈夫なのにギャグっぽい、あえて逆っぽい顔を入れ込むとか

せっかくのすごい素晴らしい魅力

が力の人が

あえてサゲ下げた方に向かってしまう。これがタイガーさんの中ある種特徴かなと。この人の顔さえなければ結構かっこいいじゃね

工房だけども

木からたまに落ちてみるような変な人ですよね」

しばらくして一つの時代が終焉を迎えます。

1990年。

立石は大作を発表します。

明治大正昭和を描いた三部作です。

「明治大正昭和で、立石さんからしても大正と明治は知らない時代のはずなんで

そうですね東京なんですよね

本当はご回転ですけども歴史はない

三つの時代の人物や出来事を羅列。

歴史の重さを排除し、できるだけ平易に描くことに努めた作品です。

時代が短い。

人気があるところが

振り返ると昭和でございます。

いろいろ昭和は結構豊清々しいという

女がでかくない

スカパーなななんかよりも

バナナ漢字の記憶としては

自筆年譜に初めてパンを食べるって

書いてありますから

立石はこの作品を発表した際にこう語っています。

三部作はあの沸き立つ時代の家をわが記憶としてドキュメントしたものである。

私の絵は自称や観念の集積された収納棚。

引き出すと何次元にもなり、意外な思考の回路が広がってくる。

「自分らしさじゃないですけど、自分菅田将暉のストロボ写真みたく本当あの自分のパンと高総体化されていてちょっとずつ脱ぎ捨てて行ってちょっと息子を自分のものに変えていくそのアリスの変容によってたどり着くまで

自分ってものであったんだから専用の末にしか訪れないなるほどだと思う

いろんなことをされてますけど、威圧感はない。何かこうじゃないやつかないって本当ならこっちもこんにちはっていう感じで、ほんと気持ちが楽になるっていうかこの人の絵を見てると前だけであり漫画もそうですけどなんでだろうとずっと作家林さんの話を聞いてたらそういうことなのかと。

この大型三部作を発表した平成2年。

立石大河亜と改名しました。

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名前を変えた立石は、自ら作ったコマ割り絵画を飛び越えて行きます。

枠のない長さ9メートルの巻物。

全部で6巻。

全長54メートルを鉛筆で描き切りました。

「ただただひたすら続いていく。ここまで増殖感のある絵巻って見たことない。ちょっと子供の頃の感じを思い出しますね。講演会が餌を選んでくって言うんですかね

本人も決めてなくて出てきたものが次のものを産んで言って、たまに小さくこだましてまたそれが次の波になってっていうような」

飛び越えた枠は平面だけに止まりませんでした。

陶器で作ったアーティストシリーズ。

誰もが知る芸術家とその代表作を立体で表現しました。

片方にはアーティストの肖像。

裏側には作家の代表作。

しかしどこが前でどこが後ろかさっぱり分かりません。

「これ入ってないんですけど、楽しいんですね。全方向から見られるということなんですけど、ここからだけ見たってしょうがなくって、そうですねビー玉転がし。そんな複雑なことを考えてなく作って楽しんでる感じかと思い

無理だって触覚的なものってのは走るんだと思うしそこら辺がはいあーこれあの気持ち

よくなってきたなっていうのとがごめ

久留米市そうやって

家でなんかこう

入りこんじゃってるとこもあるわけですか。

使っては気持ちが勝手に動いちゃった

ありません交換バグこねてる時にこれこれ

この子の脇からハンバーグが出てくる時のが

たまらないっていうか

何か楽しそうでいいね。こんなの作って、たぶんご自身が楽しんでるのは見る人に伝染するんじゃないですか

そうですか映画はくやまさんに共振させる場合

下記の仕事ですから

見た人がそのそれにこう

同じく教師してビビッとくるっていう人

疲れん中では

大きなあの原動力が大事な要素だったらしいけど

別に解散しなくていいんだった感じがね

これからどうぞ勝手に楽しんでくださいという。ちょっとこっちが歌ってみたいな

見る側にとって心地よい疲れが感じますけど、本当は深い意味があるんですよって言うんでここに必ずしも導かなくていいというんですかね」

最後に晩年の作品を一枚。

タイトルは七転八倒ならぬ七転八虎富士。

富士山取とて一つとして同じ姿は無し。

軽やかに七転八倒し続けてきた生涯でした。

彼は言います。

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「大人になるって事は一つの事を違った角度から見れることだと思うんです。でもなかなか大人になれない。それを見るためのいろんな角度の鍵を持っていることが必要で、僕らがやらなきゃいけないことは新しい鍵を作って見せてあげることだという気がするんです」

 

放送記録

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