チャンスはピンチだ。

響くアートの愛好家

日曜美術館「わたしとイサム・ノグチ サカナクション 山口一郎」

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20世紀を代表する彫刻家、イサム・ノグチ

規則性と不規則性、人工と自然、相反する要素を拮抗させ、調和させ、唯一無二の彫刻世界を作り上げた。

そんなノグチ作品に触れた事が、その後の人生、アートにハマる“初期衝動”だったと語るのが、サカナクションのボーカル・山口一郎さん。

ノグチ彫刻に感じる“違和感”とは?そこにある、楽曲作りとの共通点とは?

現代をけん引する山口一郎が、イサム・ノグチの魅力を語りつくす。

山口一郎(やまぐちいちろう)北海道小樽市生まれ。サカナクションのボーカル&ギターとしてほぼすべての楽曲の作詞作曲を手がける。

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イサム・ノグチ エッセイ

イサム・ノグチ(上) (講談社文庫)

イサム・ノグチの世界

日曜美術館「わたしとイサム・ノグチ サカナクション 山口一郎」

放送日

2021年6月27日

 

彫刻刀は何か。

彫刻にできることとは何か。

その人は常に問い続けていました。

時に瓦に落ちている石のようなものをこしらえ、時に東京ドーム40個分にも及ぶ広大な公園を生み出す。

さらに生活を照らす灯まで。

その人はこれら全てを彫刻と呼びました。

イサムノグチ

彫刻で世界を未来を変えようとしました。

サカナクションのボーカル山口一郎さん。

デビュー前の20代初めにイサムの彫刻と衝撃出会いをしました。

イサムノグチ全ての僕のなんかアートに対する興味をの入り口言語は関係なく人を宇宙に連れて行けるものだって

アートには何ができるのか。

時を超えた二人の対話です。

 

 

入ってすぐ分かりなんですね分かんですね

いくつぐらいあるんですか

159の灯りが吊り下げられています。

150もいっぺんに見ることないですか。

光が消えたための灯りって、こう灯りがついてない状態でます

美しいですね。

また違う立体に見えます。

ご紹介しましょう、ロックバンドサカナクションの山口一郎さんです。

よろしくお願いいたします。

今回の展覧会ではミュージシャンとしての山口さんが組織に貢献されてるって言う話を伺ったんですけども、僕の個人的な興味としてイサムノグチが生きていく中でどんな音楽を聴きながらデザインしてきたのかなってずっと気になったんですね

武自身の真レコード棚をもし見れれば明日は早いんですけれども

それが分からないのでその時代も合わせてどんな音楽がイサムの子だったのかっていうこととイサムがどんな音楽とか

買ってきたのかっていうこと徹底的に調べて

関わってきた音楽を聴きながらこの展示を見るということを企画させてもらいました。

なんかこう可愛らしさを感じますし、なんかこう僕は家庭モラトリアムなしてるじゃないですけど何かこう華やかな部分もあるんですけどどこか暗さを感じると言うか

内向的な少年の姿みたいな方ですね。

どこか効果音を感じる時でもなんかこう綺麗に磨かれている。

今に対して相手に傷をつけていくのだという行為も少しなんかこう幼年期と言うか、少年じゃなくてさを表現して名前なんすかね

そのやっぱり彼のちょっと複雑な効果で自身の幼年期みたいなところの影がやっぱり工作員としてるって言う事ね

 

 

1904年、ノグチはアメリカロサンゼルスで生まれました。

父は留学中だった詩人の野口米次郎。

母レオニーギルモアはその翻訳を手伝っていたアメリカ人でした。

ノグチは2歳の時すでに帰国していた父を追って母とともに日本に行ってきます。

しかし父、米次郎は他の女性と結婚していました。

それでも母と共に11年間日本で暮らします。

そこに居場所はありませんでした。

父から見捨てられ、外国人の血を引くことで差別もされた孤独な少年時代。

13歳の時、ノグチはたった一人でもう一つの故郷家に戻ります。

しかし日本人の父親を持つノグチはアメリカの学校でもよそ者でした。

そんな時出会ったのが芸術の世界。

表現の場では国籍は不問でした。

手先が器用だったノグチは彫刻の道に進みます。

そして21歳。

ある作品に出会います。

私の前に新しい美術の世界が急速に開けた

コンスタンティンブランクーシ抽象彫刻でした

鳥の姿形を写すのではなく

空間を軽やかに飛ぶ飛翔そのものを形にした作品。

想像もしなかった彫刻の可能性がありました。

野口はパリへと赴き

ブランクーシのアトリエを訪ねます

しかし学んだのは半年ほど藤田嗣治

ジャコメッティの集うにじゅー

年代のパリ自らも

模倣ではない表現を見つけなくては

との決意でした

ヨーロッパとアメリカを行き来し

最先端のアートに触れていきます

それからにじゅー

年余りよんじゅーろく歳父の故郷

日本で目にしたのは

よんひゃく年以上も前の簡素な庭でした

岩石がただ単に

そこに置かれているのではない

それらは地面から生え出ていて

その重量が大地と結びついていると感じる

ここには掃き清められ

正常な宇宙が存在するリバーウォーク

そのことが空間の意味が広がりを一変させる

空間を司る聴覚

地震の目指す道が見えてきました

僕がこの中で一番好きになった

これで発見の道ですね

どうしてこれが違和感があるものに対して

何かと反応するタイプで例えばですけど

あのポテトチップスに

チョコレートがコーティングしたら

おかしいありました

僕の中では

ポテトチップスというものに対して

チョコレートがかかっているはずがないのに

かかっていることに対しての違和感です

それ食べた時にしょっぱいと甘いが

共存している

だるいと思いは今日とみたみたいな

頭違和感に対して

何か僕はこいつも反応男作る上でも

そういった部分を大切にしてるんですけど

もう過去の作品からますよ感を感じていて

あのものすごく緊張感のある部分と

すごく優しい部分と

後そのままの部分っていうのが

なんかこの人と立体中に訪問しているって

出た音楽に入る前に

文学に傾倒していた時期が長くなっ

て冷蔵の美しい言葉を

たくさんの人に伝えるために

音楽が必要だと思い音楽始めたんですね

それでも僕が言葉が一番

その自分の頭の中にある意識であったり

損傷性を具体的に伝えられるものとしては

Aよりも芸術アートよりも

音楽が文学一番強いと思ってたんですね

彫刻で楽しんで行ってから

目で見える抽象性とか

その方がより宇宙に近づけると言うか

自分の心の中にあるものを

より立体的に表現できるんじゃないかなって

いうふうに考えを改めた

改めるきっかけになったのは

実はまいさんの彫刻との出会いから

文学には文学の伝え方

があるんですか

パワード予告版への影響を及ぼし片付けたか

そこに対しては

なんか今まで考えてきたこととはまた

ちょっと違うものなんだなーって感じだ

ひさま作品に触れて

そうやったご自身のその音楽を作るの

基礎の作り方っていうか

その書体どっちものに

何かしら影響ってのあったんでしょうか

まぼ空港ミュージシャンとして

サンプルでやってるんですけど

もしアマチュア時代点があって

コンペに出てたんですよでコンペに出る

といろんなバンドが全国集まった

官能が一つのステージに上がって歌うんです

けどそこに並ぶとどれも同じというか

自分も含めて

どのバンドも全部

同じに感じてしまったんですね

その時にじゃ

この中で自分たちの出して出してくれて

どんなものが必要なのかっていうの考えた

時に間に合わないもの

混ざり合った時に生まれるよ違和感みたいなそれ

音楽で生み出せないかなっていうふうに考えて

僕のベースには

フォークソングってものがあったんですけど

あそこ一番遠い音楽って何なのかなって

考えて誰かに渡し明治降ったり

エレクトロニカっていうのがある

じゃない男を無理やり合わせたことによって

バランスを取らなきゃいけないんですか

バランスをとることでできる

その違和感みたいなものを発見してますが

今の自分のアイデンティティになってるか

なーって感じ

これですね山口一郎さんの音楽に

強烈な影響を与えた作品があります

光の彫刻あかり野口は

このあかりを岐阜の提灯メーカーと組んで

商品か手頃な値段で売り出します

暮らしの空間を

光の彫刻で変えたいと願ったのです

最初はどうやって出会ったんですか

それなんかある

なんか本物を見たとかあれば

小学校順で調べてたら心が生まれて初めて一人暮らし

ハンガー時に一人暮らし始めるわけですから

部屋のインテリアを崩壊されなきゃいけない

なんとかその曲を作る上でも

空間として

自分に合う雰囲気にしたかったんですが

それで一番って取ればいいのは

彼を変えることだと思ってはい

了解証明を変えることで色々調べて

その提灯に出会ったんですよ

部屋に語るっていうことを

何かやりたいと思って言う調べてく

イサムノグチの存在を知って

いびつな形をした提灯の魅力を感じて

それを部屋につけるところから

北にサムの奥さん誰が始まったそうですね

それで終わりました

その空間はその場初めて人がした時って

家に他に誰もいないっていうか

人を本当には一人ぼっちになる

わけじゃないですか

それにすごく孤独を感じたんですけど

でもその明かりをつけることでパソコン

自分の秘密基地じゃないですけど

自分の世界に

ちゃんと止めてくれたっていうのは

僕はイサムノグチに惹かれていった

でも最初僕

イサムノグチっていう人の作品だって

知らなかった

デザインだけでサンセット

イサムノグチ参加したら喜ぶじゃないですかさね

本当にあのこの辺りのね

あの色合いに癒されるって話をもっとよく来ます

けれどもデザイナーの三宅一生さんがパリで

修業時代本当に行こう大変だった時

にたまたまやっぱりあかりと出会って

そう心癒されたっていう話を

お聞きしたことがあります

そういえば力があるんですね

この子の光の彫刻にはライブネスとか

でも実は使わせていただいたりとか

茶柱って曲がで

そのお茶を飲んで

茶柱が立った

女性のまあ話をしてるんですが

その演出でこの

どんな正面にしようかっていうのを待った双子

お茶っていうことテーマなので

日本っていうものをどこか持ち込めないか

という話になったんですけど

幽霊ランナー普通のただの提灯を下げるだけだ

とかまあこうよくあるもの

日本的なもの

ただ置くだけだと

どこかこういう違和感が生まれなくて

豊子のイサムの明かりを使ってみると

うまく馴染んだね

その灯光り方もそうですけど

そのステージの上に及ぼす影響力と言うか

そういうこうした時にも存在感のあるんで

野口の彫刻が

空間に及ぼす力を

目の当たりにした人がいます

建築家の安藤忠雄さんです

経堂ななじゅー年代の後半に

夜勤してさと深く交流があったので

紹介をされて

武さんとはよく石橋た

鋭い顔してました

その人はひゃく歳までは大丈夫だろう

という顔をしていたと思うんですね

安藤さんの設計した場所を

おの口が気に入り

元々の会場を急遽キャンセルし

そこで展覧会を開いたこともありました

これですよねちかさんが選んで

一緒に緊張感が走ります

の中に怒られた時に

一気にこの周辺に空間に緊張が走るのは

彼の魂学校に行きました

石がどのように中田時にして欲しいか

という声が聞こえてくれてる

その声をよく聞きながら自分を入れて

そしてその緊張感の中で作り上げるのが

彫刻だと彼は言ってましたけども

地下さん階の床に置いた時

一切の妥協を許さず

制作にも展示の仕方にも

全てにおいて最後までこだわり抜いた

野口時には衝突することもおいしかったでしょ

もういつももうちょっと

今日も見る目が全然違ったね

仕事時間間違ったあなたは

いつも前を向いて生きてます

いつも未来は輝いてると

いつも未来を見つめてる人は激しい

北海道札幌市の大通公園

ここにイサムノグチの彫刻があります

それは今も

子供達に人気のお尻で感じる聴覚

ブラックスライドマントラのぐちは1986年

ヴェネチアビエンナーレ

白大理石による螺旋状の滑り台は発表

大きな話題を呼びます

それを札幌の公園に儲けよう

というプランが持ち上がったのです

雪の日でも映えるように色を黒にして

野口が視察した

当時の映像が残っています

ろくじたったら答えてくれや

元々は鯨山と呼ばれていた滑り台を撤去し

野口の作品を置く予定でした

しかし野口は子供たちに愛される

くじら山を残すことを主張

さらにシャドウによって

途切れていた公園をつなぐことを提案

そこに自分の作品を置くと言うので

作品を置くならば

場所全体を変えねばならん

野口の妥協なきこだわりに

札幌下折れました

ものを作るだけでなく

その空間全体を築き上げる

それものぐちにとって彫刻でした

この頃同じ札幌での口は

大規模なプロジェクト与えていました

それは東京ドーム

およそよんじゅー個ぶんもある

ゴミの埋め立て地を公園にする計画でした

野口は言いました

人間が傷つけた土地を再生するそれは

僕の仕事です

野口の壮大な計画は

建築家河村純一とそのチームに受け継がれ

完成します

標高ろくじゅーにMの人工の山

モエレ山きゅーじゅーきゅーの石段を積み上げた

プレイマウンテン

まるで古代の野口が

三十歳の頃から構想していた

自然とアートの融合

さらに子供たちが体感できる遊具家

抽象彫刻からCモニュメントも常に前を向き

未来を見つめていた

野口彫刻とは何か

彫刻にできることとは何かを問い続けた

野口が生み出した広大な彫刻です

空間に例えばこう

ラベンダーの香りがすると

リラックスできたりするので

何もない空間に

今度チャンスが流れるとそういう気分になるさ

彫刻も同じだと思っていて

何もない空間にこれがポンと置かれることで

なんかそれをまあ感じる感じるわけですよね

それがとても山の上にぽんと置か

れるとやまとその彫刻を同時に感じる

と言うか交換

混ざり合うものな気がするんですよ

なのでそういう部分では

この作品はまこの場所にも置かれることで

まこれを感じてることと

リサイズ置かれている場所によって

またし感じること

違うだろうなと思うのではなくて風景の

一部になることで

違った空気を生み出すような感じなんですか

つながるって感覚かもしれないです

例えば純喫茶でコーヒーpopが流れると

なんか違和感あるんでも

ジャズが流れて違和感ないです

空間そこにあるものによって

関係の仕方が変わる前にでも

音楽も彫刻も

匂いも一緒なのかなって

思うんですよね

この作品を見た時に

何か音楽がもし聞こえてくるとしたら

どのような音楽が

山口さんには聞こえるでしょうか

そうですね勇の作品共通して感じるのは

やっぱりそのミニマルだと思うんですよね

そのそぎ落としていながらも

なんかそこに引っかかるものがあるって言う

そこをなんか

こうに貫いていく感覚と

日本の日にも

なんかそれ同じもの感じるんですけどは

科学とかそういったものにも

感じますよね

直接的にその例え科学省であった

じゃ聞こえてくるとかではないんですが

なんかその科学の相方というか

そういったものが

作品から感じる時がありますね

こちらに入ったら

山口さんとても刺激を受ける

という作品がありました

ノーグチの晩年の彫刻フロアーロック

削られた多面体が

二つ並んで置かれています

どういうところが

この無作為に破れただけのようなのに

なんかその割れてる部分を

しっかりと確保している緊張感があるって

言うか無作為と不作為性をナフコ

組み合わせてある感覚が濃いなあと思って

なんかこの無作為な部分と

きっちりと作為的にツルツルしてました

もし食べ

てるところですよね

この関係性っていうのが

すごく素敵だなぁと思います

男はずっとあい店とか残しておくんだとか

なんかすごいバランス感覚だなーって思います

おかしいですね

その放置しすぎるって

かなりが手を加えてないと

またそれはなんか

本当にこのアーティストの仕事なの

ってなるしやりすぎてちょ作り込みです

作り込みすぎてるんじゃない

っていう風なことを言われても

不自然じゃないみたいよ

と言われてそこがなんか音楽にも僕

ただ高歌詞に関してとかだと

僕ひとつの歌詞を書くのに多い時では

もうひゃくパターンぐらいかかるんですねひと

つの歌の歌詞にろく種類歌詞を書いてで

部分的にそれを買ったってじゃないですけど

無作為につなぎ合わせるんですよ

そうすると自分が想像してなかった意味が

自分の言葉の中から生まれ

地震の画像ひゃくパターン考えて

曲を作る時にこれで完成だと思うけど

一週間どんな瞬間

そうこれ完成したっていう風になりますか

それは簡単で

その自分が想像していない感動を

自分が生み出した時ですよね

想像してるものを生み出して

もたつまんないですかWI-FI噛んじゃった

金入れてみて

自分が思いもよらなかったものが現れた時

良質な花崗岩の産地で

ある香川県高松市牟礼町

午後にアトリエを構えていたの勝ち

今ではそこは美術館となっています

はちじゅーよん歳で

亡くなったの

家の晩年の

彫刻を目にすることができます

こちらが相撲とした場所ろくじゅー

ご歳から亡くなるまでのおよそにじゅー

年間毎年ここで数ヶ月過ごし

製作を続けたといいます

野口は今まで

とは違う表現を模索していました

当時の映像です

野口の政策を支えたのは俺の職人たち

なぜ高松に来たって言うから

中でも厚い信頼を寄せていたのが

じゅーご歳から医師の現場で働いていた

と言う和泉正敏さんです

のぶ先生は僕はもうあの誰かが作った

今の日本も興味がないので

もう新しいものに興味があります

だから昨日と同じような仕事の時ですが

できた時はこうで

夜食事してる時に機嫌が悪かったですね

何か新しいことを見つけるか

今まで自分が見たことないものができると

すごく喜んでいました

野口はここに車で石を掘るという行為は

自分を表現するために

自然を破壊することだと考えていました

しかし泉さん仕事を通して

別の手法に気づいたのです

それは事故を無にし

石の声を聞くことにしてね

本当に不思議でその丸一によってもういいよ

もういいやって言う漢字もある

しみしが教えてくれる折り方まあありますね

2月のひとつの人に

聞こえてくる言葉なんでしょうね。

時光広大空間を一変させる大プロジェクトを手がけたのぐち。

ここで自らの身を古い石の声を聞いていました。

お仕事入ったりでしょ聞こえますか聞こえないんだね

世の中っていうのはねに人があの今じゃねえし作ったもんで

そうじゃなければ高石です

全部で指定したからあの人間が出てきた石に戻ること

イサムノグチってかっこつけたの

やっぱりデザインをするってこともそうですけど

おは作品を作る上でも

とんでもない扇子を持ってった

と思うんですよ

そういう人って

やっぱりかっこつけじゃないと

アリスナルシストじゃないと

そうならない気がするんですよね

そういう部分で

やっぱりこうちょっとここに入れとけみたいな

ここちょっとここに

ちょっとかっこいいんじゃんたいな時もあった

女性からそう思ってこのね石の庭を見ると

その格好つけなところって

結構あると思います

俺は山口さん

これのかっこよさって言ったら

どこですかを無理にあった

そこで見るのと

ここで見るのとじゃ全然感じが違いますね

そうですね濡れてみるよ

プログレッシブに感じるという形に感じますよね

あの空間で見ると

いびつな部分はなんかより

自然に感じるんですけど

この空間で見ると

いびつな部分は逆に不自然に感じたよ

そうですね胸の炎

普段毎日見てるスタッフの方があの子の見え方するんだって

おしゃれ作品も中にはありました。

ちょっと負けたねなってたりしますね。

猫レイヤーがこう非常に複雑に複雑な作品だったんだなーって

いうのはなんかここの違いとかも。

ここここだけ残したのかなとかここだけ自然にして

ここだけ打ってあそっちに来るぞそのまま鏡面になって

ここからまた自然なものですね。

このねその上はあえてこの部分だけ売ってて

こっちとかすごいプログレッシブだなーって感じます

ギラギラだったりとか

なんか濃いこてこてだと

僕らは全然引かれない

んですけどこれぐらいにしておく

ここここここそのセンスがやっぱりもう僕

宇宙人並みの持ち主

チャット宇宙人宇宙人

と思えるぐらいのセンスの持ち主だったんじゃないかと想像できない所に

ちゃんとタッチできてるから貯めてみてきましたけれども

イサムノグチ。どんな風に思われます。

そうですね。やっぱり寒い類稀なるセンスを持っていて、ずるい人だなってしまうほど何かこう色んな部分にちゃんと成長してたと言うか、ビジネスという側面を持っていながらアーティストとしてのセンスを持っているというと現代もしイサムノグチがいたらどんな活動していたのかっていうのもなんか想像してみたりしてそこもしれないUれーてんいち

 

取材先など

isamunoguchi.exhibit.jp

放送記録

av98ingram.wpblog.jp

 

 

書籍

 

 

 

 

展覧会

 

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